弘前の鬼っ子、額束の神秘。
熊野宮の特徴
鳥居に見られる赤鬼が特徴の神社です。
凝った社号標が訪れる人の目を引きます。
お向かいの公民館が目印になる立地です。
額束を見に来たのですが、社号標も中々凝っていてすごい。
この神社が本によりどのように紹介されているかを調べてみる。____________❷【参考 青森県北津軽郡三好村郷土誌 1957年】熊野宮(1957年の書による)創立年月不詳、とある。文政9年(1826年)の棟札があるとある。もともとは稲荷宮地であったようで、それは天和4年(1684年)の書により確認できるようである。[神社の年代による変化をみてみる]・天和4年(1684年)「庄屋半三郎_書書上帳」には_“稲荷宮地”・元禄3年(1690年)記録・絵図面には_“稲荷宮地 6畝19歩”・寛延2年(1749年)_“熊野宮”に祭神を更へ・安政2年(1855年)「最勝院神社明細帳書上書」には_“熊野宮 社地5間 南北6間”[沿革]創立年月不詳文政9年(1826年)の棟札明治6年(1873年)に「鶴ケ岡村八幡宮」に合祀される。明治8年(1875年)に分離する。明治9年(1876年)に村社に列する。大正4年(1915年)神饌幣帛料供進神社に指定される。[鎮座地] 高瀬字一本117番地[祭神] 伊弉諾尊(いざなぎのみこと・国産みの男神)[社格] 村社[境内地面積] 117坪____________❶【参考 東奥文化 (56) 1985年】熊野宮の鬼コ(1985年の書による神社の紹介文となる)この鬼コは、津軽の独特の文化であるようで、他の地域では見られない、とある。鬼コを鳥居につけるのは、悪霊から村人を守る魔除けのためであり、神通力をもつ鬼コにあやかって、村の子供たちが力強く育つことを祈願したものだと、いわれている。地元の古老のはなしによると、子供の頃、肩で笠木を支えた踏ん張った鬼コ(木製)がついていたが、これが台風でおちたり腐ってきたりした為に、明治100年記念事業として今の鬼コと取り換えた、という。今の鬼コは前の鬼コよりも大型の鬼コで、笠木をささえた鬼コではなくなったという批判もある、とある。貞享の検地帳では 熊野堂 とある。[鎮座地] 弘前市種市[祭神]伊弉諾尊(いざなぎのみこと)伊邪那美尊(いざなみのみこと)[鬼コ] 赤鬼(木製)
ここも鳥居の鬼コ巡りで訪れました。地域の人達に慕われている、村の鎮守様でした。ここは神社の脇に広いスペースの場所があって、数十台は止められると思います。ただ、初めての訪問だった為に通り過ぎてしまいました。旅はこの様な経験の積み重ねだと思います。
熊野宮(弘前市種市)鳥居額束の鬼っ子。
鬼こカードNO2水害が多かったらしく鎮座しました。
| 名前 |
熊野宮 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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鳥居に赤鬼が駐車場はなく、お向かいが公民館?みたいなところで、車停めさせてくれそうな雰囲気。