川名駅近くの広々神社で、亀と弁天神を感じて✨
川原神社(川名神明)の特徴
川原神社には赤い鳥居があり、弁天池の美しい風景が魅力的です。
車の安全を祈願するための車のお祓いが好評で、多くの参拝者が訪れます。
名古屋市昭和区川名に位置する神社は、周囲の住宅街の中で独特な静けさがあります。
名古屋市昭和区に鎮座する川原神社。祭神は日神(ひのかみ)、埴山姫神(はにやまひめのかみ)、罔象女神(みつはのめのかみ)で、日(天)、土(地)、水を祀る典型的な国つ神系の神社である。神社の周辺には川菜 (かわな)、匏(ひさご)と水に関する地名が残っている。現在の社殿は平成10年に再建された建物で翡翠色の鮮やかな屋根が印象的であった。境内には川名稲荷社はじめ、龍神社など複数の摂社があり見どころがあった。境内の池には弁財天が祀られていることから「川名の弁天さま」と信仰を集めているようである。
天野家先祖代々からの大切な場所です✨✨💖💖
川原神社は見た目と違って中に入るととても広いです。そしてトイレもすごく綺麗です。道路から鳥居をくぐるといくつもの。鳥居があって実際鳥居をくぐってみるとすごく広い感動します。時には朝一もやっているみたいです。駐車場もありますし、神社の前にバス停もあります。
住宅街の中にある広々とした神社です。とても、雰囲気がよくてまた行きたいと思いました。季節によっては亀がいるようで、その時にまたお伺いしたいと思います。駐車場は神社の東側の鳥居を2つくぐったところにあります。
日曜の13:00頃に参拝させて頂きました。静かで綺麗な神社です、亀には会えなかったのでまた来たいと思います。
名古屋の川名の所にある大きくて立派な神社。また、川名地区辺りの一番大きな神社。町の中とは思えないほどきれいで町の中にあるということを忘れるぐらいオーラがある。鳥居の正門が南側にあってその正門だけでもとても素敵なのに鳥居をくぐったらまさに神がかりの神聖な空気。その鳥居をくぐったら左側に弁天社がありとてもきれい。幻想的でよかった。少し先に進むと案内図や川原神社や他の神社の表示があった。その表示には戸隠社というミニ社があってかわいかった。そして鳥居をくぐると本殿が迎えてくださった。本殿は厳かで神聖な感じできれい。緑色の屋根瓦がきれい。ここら辺は境内社も気合いが入っててここでしか聞かない境内社があった。お稲荷さんのところにある提灯もよかった。この神社は結婚式などが行われたりするなど立派。ちなみに春から秋になると亀が散歩するとのことで今日は見なかったが微笑ましい😉この神社は日神、埴山姫神(土の神)、罔象女神(水の神)が主祭神として祀られてる。
初詣に来ました。それほど混雑する神社ではないので静かに年を迎えることが出来ました。ここは、鐘の音では無く、太鼓で新年を迎えました。
とても落ち着いていて、きちん、きちんとされています。お正月は音楽が流れていたり、七五三さんは儀式を怠ること無く参加型でさせてくれ、良い気も流れていて素敵な神社です。亀の保護もしており人だけでなくみんなに優しい神社だと思います。
とてもきれいな神社で、お正月などたくさんの参拝客がいらっしゃいます。亀のエサもありました。とても素敵な手書きの御朱印も頂けます。巫女さんにも丁寧な対応をしていただきました。
| 名前 |
川原神社(川名神明) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
052-751-7061 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒466-0855 愛知県名古屋市昭和区川名本町4丁目4−11 |
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川原神社(かわはらじんじゃ)。名古屋市昭和区川名本町。式内社(小)論社、旧県社。主祭神:埴山姫神、罔象女神、日神資料によると、江戸期まで神明と呼ばれていたが、弁才天が祀られていたためしばしば「弁天様」とも呼ばれた。飯田街道沿いに位置し、江戸初期には既に信仰を集めていた。慶長6年(1601年)に松平忠吉が神領二十石を寄進し、寛文4年(1664年)には徳川光友が豊作を祈願したという伝がある。社伝が焼失しているといい、創建年代などに不明な点が多い。当社は仏教的な側面が強く、中世には「嶋寺」と呼ばれる寺があったというが江戸中期には既に荒廃していた。天和元年(1681年)に黄檗宗の僧侶がこの寺を復興し、弁財天が祀られるようになった。神仏分離により弁財天は大平寺(川名本町所在)に移転された。江戸期に天野信景が当社を『延喜式神名帳』に記載のある尾張国愛知郡「川原神社」に比定し、以降定説となった。しかし、天野が当社を川原神社に比定した根拠は所在地が愛知郡川名村で「川」の字が共通している点によるのみであり、棟札などは残っていない。江戸後期の郷土史家である津田正生は当社を「川原神社」に比定することに疑問を呈している。式内社「川原神社」の論社として他に鳴海八幡宮がある。名称は「川原神社」よりも「川名の弁天様」の方がよく通る。大正時代に小舟が見つかった。これは昔このあたりが入り組んだ海岸線の入り江だったためと言われているからである。毎月3と8のつく日は朝市が開かれ、大勢の人でにぎわう。地元ではしばしば『さんぱち』と呼ばれている。境内には「弁天池」と呼ばれる池があり、弁才天が祀られているが神仏分離で近くの曹洞宗太平寺へ遷された。祭神は市杵嶋姫命である。また池にはカメがたくさんいることでも知られ、江戸時代にかかれた、『尾張名所図会』にもたくさんのカメが描かれている。たまに民家にカメが現れる事があるが、その時はカメに酒を飲ませてから池に返すのが慣わしとされている。とあります。