平将門公の荘厳なる神社。
國王神社の特徴
平将門公終焉の地に建立された歴史深い神社です。
茅葺き屋根が印象的で神域感が漂う空間です。
平将門を奉る神社として神秘的な雰囲気を体験できます。
國王神社は将門公の無念を鎮めその遺徳を偲ぶために建てられた神社で御祭神は平将門ちょうど神社の氏子さんたちが神社掃除をしていた御朱印は賽銭箱の脇に置いてあった。
地元の滝夜叉姫のお墓の参拝をキッカケに前から遠くて…と行けずじまいだった平将門縁の地巡りに。国王神社は、北山稲荷神社で首を討たれ、そのまま馬が連れてきて平将門が最終的に命を落とした場所だそうですね。早朝に伺いました。とても凛とした雰囲気に包まれています。
R354曲がるとすぐの所に在ります、隣の公民館前に広い駐車場がありそちらに駐車、少し参道戻り参拝となります。茅葺の拝殿・神殿はひと続きに見えとても見ごたえありです。御朱印は書置きですが丁寧に一つづつ分けて置いてありました、ご丁寧にありがとうございます。
出張の合間を縫ったプチ一人旅で立ち寄りました。春日部で借りたレンタカーの返却までに2時間ほど余裕があり、「どこか寄れる場所はないかな」と考えて思い出したのが、平将門公ゆかりの史跡たち。坂東市観光協会のHPに紹介されていた中から、時間の許すかぎりいくつか回ってみようと、ざっくりと旅程を組みました。こちらの國王神社は、将門公の三女・如蔵尼(にょぞうに)が、父の三十三回忌にあたって木像を彫り、将門公が最期を迎えたとされるこの地に祠を建てたのが始まりと伝えられています。拝殿に近づくと、茅葺き屋根の佇まいにそこはかとなく歴史の重みを感じました。この拝殿自体は江戸中期の建立とされており、江戸末期に書かれた「下総旧事記考」にも「國王明神社」として記載があります。古くからこの地で、将門公が祀られ、大切にされてきたことが伝わってきます。なお、社殿と将門座像は、いずれも千葉県の重要文化財に指定されているそうです。神社としての規模は決して大きくありませんが、訪れる人も少なく、境内には静かな空気が流れています。そのなかで、近くに住んでいらっしゃると思しきおばあちゃんが話しかけてくださり、観光地というより、地域の日常に溶け込んだような思いがけないふれあいに、ほっこりしました。
平将門公、終焉の地であることと茅葺き屋根の拝殿に興味があって訪れました。社殿は県の指定文化財、地元の言い伝えによれば、首を取られた将門の身体は馬に乗せられ、後に國王神社となるこの場所に辿り着いたとの謂れがあります。茅葺き屋根の拝殿は一見の価値は十分にあります。御朱印は拝殿前に書き置きがあり、500円の奉仕料(ご自分で日付)でした。
国王神社(主祭神 平将門命)創建天禄3年(972年)平将門…延喜3年(903年)生?〜天慶3年2月14日(940年3月25日)没下総国(現在の茨城県坂東市付近)で亡くなった。…ここは平将門最期の地とされる。将門の…千代田区大手町の「首塚」は有名ですが 「胴塚」は 同市内の「延命院」にあります。千代田区にある「神田明神」の三宮は 経緯は分かりませんが「平将門命」が祭神と成っています。今回、初めて参拝に上がりましたが 境内はとても綺麗に掃き清めらて居て 凛とした空気が漂っていました。とても気持ちの良い時間を過ごす事が出来ました。Ps新しく建てられたトイレがとても衛生的で 木の香りも漂っていて…参拝者の事を実に考えてくれて居ます。
土曜日11時頃、晴天の日。平将門を祀る神社(将門公の三女・如蔵尼が建立した)にチェックイン。空いてた。
平将門公終焉の地。首を獲られた平将門公を乗せた馬が辿り着いた場所。茅葺き屋根の社殿が素晴らしい。
五十年ぶりに訪問しました。当時はNHKの大河ドラマ「風と雲と虹と」真っ盛りだったので、まるで観光地のような賑だったと記憶しています。しかし今は寂れたとは言いませんが、すっかり田舎の由緒ある神社に戻っていました。鳥居から本殿までの濡れた石畳、本殿の茅葺屋根、きれいに掃き清められた境内、とても趣があります。一時は国賊とか怨霊とか言われた時代もあったようですが、この地を訪れれば土地の人々を大切に護った偉大な武人だっただろうと想像できます。いつまでも大切に守り続けて行きたいと思います。
| 名前 |
國王神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0297-35-2395 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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坂東市に鎮座する、平将門公を祀る國王神社(国王神社)に参拝するのは2回目でした。将門公の三女の如蔵尼(滝夜叉姫)が創建したと伝わります。此処から車で近い距離にあります北山稲荷(北山稲荷大明神)神社跡・北山古戦場で亡くなられた平将門公のご遺体はバラバラにされて、現在は各寺社に埋葬されております。私の地元の福島県いわき市四倉にある甚光山 毘盧遮那院 恵日寺には、天慶3年(940)平貞盛らに討たれた平将門公の三女の滝夜叉姫が、3月にこの寺に逃れて庵を営み如蔵の法名(如蔵尼)として地蔵菩薩を信仰し、両親一族の冥福を祈って八十余才で亡くなりこのお寺の墓地に眠った塚(お墓)があるので、滝夜叉姫様に御参りをする意味を込めて こちらの國王神社に参りました。数年前に訪れた時よりも、境内や御手洗いが整備されて おり、この神社が大切にされていることを嬉しく思いました。