財賀寺の帰りに桜観賞。
力寿の桜の特徴
財賀寺の初詣の帰りに訪れると桜が楽しめます。
地元の歴史を感じる、たくましい桜の樹が魅力的です。
古くから親しまれている桜が、穏やかな雰囲気を演出しています。
歴史の本等で知ってましたが財賀寺の初詣の帰りに寄って見ました。かなり老木で幹は太く迫力満点でした。桜の開花時期にどんな花なのか観たいです。看板、説明文がその当時の文で内容がわかりづらいです。現代文に変えた物にしたら良いと思いました。
春には見事な桜を咲かせる古木。力寿姫 は赤坂の長者・宮路弥太郎長富の娘で、美しく歌舞伎に優れていた。三河国司を務めた 大江定基に愛されたが、ほどなく病により亡くなる。この碑は力寿姫と大江定基のロマンスを伝えようと江戸時代に建てられたもの。力寿姫の菩提を弔うために建てられた寺、長福寺 は赤坂町にあり、裏手の墓地には 力寿姫の墓 が建てられている。
古くからある地元の桜、といった感じでしょうか。桜が一本あるだけですが周りの里山感は雰囲気がいいです。
たくましいさくらの樹です。今は昔奈良時代のこと、大江定基国司が愛した愛妾であり、若くしてなくなってしまった力寿姫とのロマンが有りました。
| 名前 |
力寿の桜 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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桜の傍に「力寿の碑」が建てられています。解説板によると、当時の財賀寺住職であった昶如(ちょうにょ)と、その兄・岡藩(大分県竹田市)の武士の加治光輔によって、大江定基と力寿の物語を後世に伝えるために碑を建立したことが記されています。この碑の建つ山を文殊山と言うそうです。大江定基が、力寿の舌を切り取って山頂に埋め、その場所に「力寿山 舌根寺(ぜっこんじ)」を建てたと言われています。宝暦年間(1751年〜1764年)には惜しくも廃寺となります。それを嘆いた昶如が「後世に伝えるための石碑を立てたい」と兄加治光輔に願い、安永5年(1776年)に碑が建てられました。今は、桜の名所となり、それにより大江定基や力寿、そして力寿山舌根寺があったことを知る人も多いと聞きます。道路側の幹が伐採され、ひとまわり小さくなっているようです。(2026/04/02再訪)