お酒の精が宿る酒井神社。
酒井神社の特徴
酒井神社は道を挟んで両社神社と向い合い、目印となっています。
創始の伝承によれば810年に酒が湧き出し、祭神は大山咋神です。
酒井神社では古い猿楽の面がMIHO MUSEUMで出展されています。
分かりにくいです。
大岩からお酒が湧き出したことから始まったお宮とのこと。苗字の酒井さんの謂れとは関係ないのかも。でも本当に酒の井戸があったとは…。社殿は1620年に浅野長政の次男、浅野長晟によって建立、小さいながらも立派なお社です。毎年1月には不思議な伝説が残る「おこぼ神事」も執り行われています。個人的にはここの狛犬たちが大好きで、何度かお参りに訪れています。いわゆる「子取り・玉取り」という、阿形と吽形がそれぞれ足元に狛犬の子と玉を持つタイプ。特に子供の狛犬の「ぼくも頑張る!」という表情が良いんです。それを「よしよし」みたいな表情で見守る阿形…ちょっと子煩悩さも感じます。
道路を挟んで両社神社があり、鳥居が向かい合ってます。
両社神社の前の酒井神社になります!
酒井神社さかいじんじゃ滋賀県大津市下阪本9−18祭神大山咋命大山咋神は自ら酒の精であると名乗ったのが社名の由来という。
両社神社と向い合わせ、小ぢんまりした氏神です。
坂本城跡の近くに酒井神社があります。江戸時代に広島藩の小笠原家がたてたようです。門を入って右側に琵琶湖洪水の高さがわかるように石塔に横線がはいってます。明治29年の洪水が最大で石の洪水線は腰ぐらい高さになりますが、水面からは13尺で4メートルぐらいのたかさになります。1905年の瀬田の洗い関ができるまでは、二年ごとくらいに洪水があったようです。これとは別ですが、1185年平安時代後半に琵琶湖で地震があり、北に津波が発生したようです。長浜西浅井の塩津神社の柱が北側に倒れている遺跡がみつかりました。なんメートルかわかりませんが、最近県が可能性を予測したら、最大5メートルぐらいの津波がくるようです。沖島なんかが最大になるようです。
810年、下坂本梵音堂の磊から大山咋神の神徳により酒が湧きだし、それを祀ったのが創始と伝わる。信長の叡山焼き討ち後、社地を現在地に移し再興したらしい。小振りなお社が、お正月準備を終え、いい感じ。それにしても、岩からお酒かぁ、うらやましい。
MIHO MUSEUM にて2018年春に開催の「春季特別展 猿楽と面 -大和・近江および白山の周辺から-」にこちらの神社の古い猿楽の面が出展されました。
| 名前 |
酒井神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
077-522-3830 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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道を挟んで両社神社と対になっています。