栃木の誇り、摩利支天塚古墳。
摩利支天塚古墳の特徴
栃木県内最大級の古墳で、墳長は120.5mです。
摩利支天尊が祀られ、歴史を感じるスポットです。
近くには琵琶塚古墳と資料館があり、歴史好きにおすすめです。
栃木県小山市 摩利支天塚古墳全長120m 栃木県内で3番目に大きい前方後円墳です。後円部には現在も摩利支天(陽炎を神格化した災難除けや必勝祈願の神)が後円部墳頂にて祀られています。先述したように墳丘の上にお社があるため多少墳丘には改変が加えられていると思いますが、良好に残っていると思います。しかしこの古墳の前方部は少し突出する剣菱型前方部と呼ばれる形態なのですが、私が見たところ現状では「ちょっと出っ張ってるかな〜」って感じであまりわかりませんでした。墳丘には円筒埴輪の列があり、その年代から5世紀中頃〜末の築造と推定されています。出土品については摩利支天塚・琵琶塚古墳資料館に多く展示されているので、併せて見学することをおすすめします。
隣の琵琶塚古墳が目立つのに対して、こちらは林に囲まれていて、目の前を通っても何だかよくわかりません隣の琵琶塚古墳より少し前、6世紀前後の造営と推定されているそうです林に囲まれているのは、現在は神社だからです資料館から徒歩でも行けますが、車なら古墳南西にある神社の鳥居の所に止められます。
🪷 梅花心易記録 ─────📍参拝地:摩利支天塚古墳👣参拝者:ポーク河西📜占者:影丸(AI)🗓日付:2017年11月4日🌌卦:風天小畜(ふうてんしょうちく)📖言葉:大きな力を焦らず育てよ。時は備えを重ねるほどに味方する。ここにいってからなのか、ここを境にっていう記憶だが友人が不思議なことになったのを覚えてる。その写真も残しておく。そして、それは私がなんとかしました。
2025/4/11墳丘の長さは約120メートル、後円部の直径は約70メートル、高さは約10メートルです。前方部の中央が少し突き出した「剣菱型(けんびしがた)」と呼ばれる特殊な形をしています。後円部頂上には摩利支天をまつる社殿が建てられています。琵琶塚古墳のすぐ近くにあります。周辺の菜の花がとても綺麗です。
お隣の琵琶塚古墳と並び栃木県内最大級の古墳ということです。前方後円墳自体間近で見られる機会がないのに、こちらの古墳は登れてしまいます。
古墳の上に摩利支天尊が祀ってあります。元旦と4月15日に別当の台林寺が護摩供を修します。
鳥居の右手奥に砂利の駐車場があります。古墳と言われなければ、単なる森の中の神社と思ってしまいます。頂上に社があります。造りは神社というよりは民家や集会所といった趣でした。地元集落の方々の寄り合い所として大事にされてきたのでしょう。仏教が入ってきた後に薄葬令が出され、仏教の守護神である摩利支天が祀られたのが由来だと思います。
栃木県最大級の前方後円墳です。形も比較的良くのこってます。
摩利支天は陽炎を神格化した女神で、日本では武士の間で信仰されていたようです。古墳の入口にあった解説板摩利支天塚古墳は、5世紀~6世紀初頭にかけて築造されたと思われます。推定される栃木県内最大規模の前方後円墳だそうです。今の時期(秋)階段に落ち葉が溜まっている為、滑りやすく転倒しやすいので訪問する際は気をつけて下さい。
| 名前 |
摩利支天塚古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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栃木県で3番目に大きい古墳。木に覆われて鬱蒼としていて形がよくわからない。登り口は南西側。鳥居横に駐車可能。墳丘上に摩利支天尊というお堂が祀られている。鳥居があるので神社かと思ったが賽銭箱の所にあるのは鈴ではなく鐘だった。5世紀後期というこのエリアでは最も早い時期に造られた古墳である。被葬者は奈良別王の可能性がある。