国宝・庫裏の特別拝観。
妙法院の特徴
天台宗の門跡寺院で、普賢菩薩が御本尊の格式高いお寺です。
庫裏は安土桃山時代の国宝で、豊臣秀吉に由来する歴史的建物です。
特別公開が行われる冬は、秘仏の阿弥陀如来様を拝観できる貴重な機会です。
★寒がりの 蘇鉄お手上げ 大寒波国宝の庫裏が改修(強化)保存工事中(令和2年11月~令和9年3月)でした。足場の傍から工事の様子を見上げました。境内に亀裂の走る大梁が2本展示されていました。400年の歳月建物を支えた功労者です。奥まった宸殿は人影がなくひっそりとしていて軒端の梅は二分咲きになるかならないほどの開花状況でした。2025年2月27日。
24年5月14日、「五月会」に行ってきました。普賢堂では、ご本殿・普賢延命菩薩や、天井画の龍など拝観しました。天井画は龍がカラフルな虹のような円に囲まれていて印象的でした。この時期シランの花が見頃です。また通常非公開の大書院、ふすま絵、庭園、護摩堂など無料で拝観しました。国宝の庫裏の工事現場見学会にも参加しました。庫裏は豊臣秀吉が1000人近い僧侶の食事を用意するために建てられたと伝わる巨大なものです。屋根を支える梁(はり)に亀裂が見つかったため、半解体して新材と交換されました。また、損傷の激しい瓦なども交換しています。「五月会」では、見学会や体験会が行われますが、定員があり、先着順での受付ですので早めの申し込みをおすすめします。限定のお香が香る御朱印もいただきました。
中は拝観できませんでしたが、御朱印はいただけました。また、お菓子もいただけました。
御本尊:普賢菩薩宗派:天台宗妙法院は、青蓮院や三千院など天台宗の門跡寺院と同様、比叡山上にあった坊が起源とされ、初代門主は最澄と伝えられています。その後、西塔宝幢院の恵亮が継承し、平安時代末期に第77代・後白河法皇の御代に洛中に移転し、一時は綾小路小坂に所在したようですが、近世初期に現在地である法住寺殿跡地に移転されました。建物内は通常非公開ですが、この日は五月会(さつきえ)という縁日で、御本尊の普賢菩薩を間近で拝む事ができ、宸殿などの建物内を拝観できました。拝:2024/05/14
5月14日、無料開放の日。門跡寺院で中は広く、特に襖絵の輪廻転生、一度、見る価値あり。
三十三間堂を管理するお寺で、智積院の隣にあります。御朱印は寺務所でいただけます。この寺務所の前が駐車場です。現在国宝の庫裏が令和の大修理中で、大玄関の近くに修理の概要を説明したパネルがあります。令和九年に修理が終わるようで、公開が楽しみです。また、非公開文化財公開で普賢堂や襖絵を公開してほしいです。
妙法院の庫裏で秀吉が使わせた?かまど跡が見つかった。秀吉は1595年近くの方広寺で大規模な先祖供養を催した際、妙法院庫裏で僧侶800人分の食事を用意したと伝えられており、この竈を使わせた可能性がある。らしい。京都府教育委員会が発表した。歴史の事実の裏付けを期待する。令和4年9月13日。
天台宗 門跡寺院 格式高いお寺。庭園に松ともみじが混在、不思議な気品があります。国宝 庫裏が工事中。本尊 普賢菩薩は普段は非公開。三十三間堂はこのお寺の所属です。
神仏霊場巡礼の道京都三十九番、天台宗のお寺です。本堂には普賢菩薩様がまつられています(‐人‐)
| 名前 |
妙法院 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-561-0467 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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秀吉が1595年に大規模な先祖供養を行った際、千人もの僧侶に食事を提供したとされる庫裏(くり)が国宝で是非見学したいスポットです。現在は修復工事が行われていますので、訪問前にチェックください。2022年に16世紀末のかまど跡が見つかりました。まさに秀吉時代のかまどの可能性があります。