松岳山古墳の隣で歴史を感じる。
茶臼塚古墳の特徴
茶臼塚古墳の立地は、学びの場としても最適です。
柏原市立歴史資料館での講演が示す重要な文化財です。
松岳山古墳の西側に隣接し、歴史的価値が高いです。
松岳山古墳の外れになるのか? 石碑が途中にありましたが・・石室古墳はわかりません?
松岳山古墳の西側に隣接している。たぶんこのへんかな、という感じで、どこにあるのかよくわからない。原形を留めていないようだから、しかたがないけど・・・。墳丘は朝鮮半島の影響が見られ、副葬品も三角縁神獣鏡や四獣鏡など多数出土している。以下、柏原市のWebページより抜粋。「茶臼塚古墳は、松岳山古墳の西側に接するように築かれていた長方形墳です。埋葬施設は竪穴式石室で、豊富な副葬品が出土しています。~中略~構造 墳丘東側で南北にのびる板石積みが見つかりました。その石積みは石室に使用されているものと同じ玄武岩の板石を垂直に積み上げたものであり、もっとも良好な部分で90cmの高さまで残っていました。また、石室から東へ6m地点で2段目の墳丘に伴うと考えられる玄武岩の板石積みが確認されました。 これによって、茶臼塚古墳の墳丘は、垂直の板石積み、テラス、垂直の板石積み、墳頂となる階段状の2段築成の墳丘と復元されます。地形測量結果から推定される墳丘規模は東西16m、南北22mです。このような階段状の墳丘は国内では例を見ず、類例は高句麗などの朝鮮半島にみられ注目されます。~中略~副葬品の出土状況石室北半からは四獣鏡、鍬形石(くわがたいし)2点、車輪石(しゃりんせき)4点、石釧(いしくしろ)26点の石製品が確認されています。石室南半から出土したのは、三角縁神獣鏡、鍬形石4点、車輪石3点、石釧15点です。」
| 名前 |
茶臼塚古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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先日柏原市立歴史資料館にて実施された茶臼塚古墳の講演内容をもとに文章を構成しています。要約するのが苦手なので長文になってしまった上、間違い等あるかもしれませんが、悪しからず。また写真に挙げているのは上述の資料館の特別展示の際に展示されていた茶臼塚古墳の復元模型です。現在も展示されているかは分からないので、その点も含めてご了承を。松岳山古墳と接するように築造された東西16m、南北48mの長方形の積石塚で、4世紀前半〜中頃と松岳山古墳より少し遅い築造です。この異様に南北に長い長方墳はかなり珍しいそうです。積石塚といっても内部に盛土があるので、完全な積石塚ではなくなんちゃって積石塚です。竪穴式石室が二基発見されており、南側の石室は墳丘上段の下にあります。完全に蓋で密封されたような造りになっています。石室に芝山(松岳山のさらに東)の玄武岩を使用しています。当時のブランドの石で、箸墓古墳でも使用されているものだそうです。未盗掘のため三角縁神獣鏡、鍬形石4点、車輪石3点、石釧15点と大量の副葬品が発見されました。北石室は破壊されていますが礫敷き、粘土棺床と壁の裏込めは遺存しています。被覆粘土はなく、墳丘の盛土でそのまま蓋をしたと推定されています。副葬品は未発見です。墳丘周辺からは円筒、朝顔形、鰭付円筒の他、墳丘北石積みから土師器高坏が出土。祭祀跡と推定されています。ここまで縦長になった理由として可能性連接式積石塚というのが考えられています。小さな積石塚を増築して大きいものにするというもので、茶臼塚で言うと元々北石室だけだったのを増築して南石室を新たに増築したのか、と疑われているようです。被葬者として芝山産玄武岩を司っていた人物が想定されています。また百済の積石塚との共通点があることから百済とも交流あったとも推定されています。石に関わってきた集団だからこそ墓に積石塚を選択したのかもしれないですね。