秋の奥多摩湖、故郷の想い。
湖底の故郷歌碑の特徴
奥多摩湖のほとりで湖底の故郷の歌詞が刻まれた石碑があります。
小河内ダム建設の歴史を感じさせる深い歌の思い出を体験できます。
秋には紅葉が美しく、湖の景色も楽しめる素晴らしいスポットです。
湖底に沈んだ集落は何処にあったのだろうか。知ったからといって湖の何かが違って見える訳でもないだろうが、何となく気になった。
昭和12年 ダム湖底に沈んだ小河内村について東海林太郎が歌った「湖底の故郷」youtube等にUPされています。
まもなく完成から70年を迎える小河内ダムと奥多摩湖。湖底に沈んだ旧小河内村は歌や小説になりましたが、それも遠い昔の話になりつつあります。
東京都民の生活を支える奥多摩の小河内ダムは昭和13年の起工式から戦時の工事中断を挟み19年の歳月をかけて昭和32年に完成した。このダム建設により旧小河内村の大部分は湖底に沈むことになった。東海林太郎の「湖底の故郷」はこのことをテーマにした曲である。
奥多摩湖のほとりの休憩所の傍には「湖底の故郷」の歌詞が石碑に刻まれています。湖底に沈んだ小河内村を歌った名曲で、昭和12年に東海林太郎さんが歌ってヒットしたそうです。小河内ダムの着工が昭和13年とのことなので、その前年になります。
秋は紅葉が綺麗です。
子供のころ父親が東海林太郎のLPレコードをよく聴いていて自然に私もその曲が脳裏に残るようになった。中でも湖底の故郷という曲は印象に残っていた。その曲が小河内ダムのことを歌ったものであることを知ったのはずっと後のことである。東京の都心から西に約65キロ、奥多摩といわれる自然豊かなこの地、山梨県との県境に小河内ダムはある。そのダムで出来たダム湖は奥多摩湖といわれる。小河内ダムは東京都民の水資源確保のために昭和7年に建設が決定、昭和13年に建設が開始された、途中戦争による中断もありながら完成したのは昭和32年。建設に19年の歳月を要した。このダム建設でかつてこの地に住んでいた小河内村の住民945世帯が移住し、その故郷の地は湖底に沈んだ。それは小説にもなり、その石川達三の「日陰の村」も後に読んだ。その住民の湖底に沈む故郷への惜別の情を歌ったのが歌謡曲「湖底の故郷」作詩は島田磬也、作曲鈴木武男、歌ったのは直立不動の姿で歌う東海林太郎である。湖底の故郷の歌碑が小河内ダムの近く、奥多摩湖のほとりに立っている。立派な歌碑である。数年前初めてその歌碑を見た。以来奥多摩湖に来るときは必ずこの歌碑の前に立つ。そして小河内ダムが多くの犠牲の上に成り立っていることを想う。そして湖底の故郷を口ずさむ。湖底の故郷は今でも私の好きな歌の一つである。
最高に綺麗な湖ですね!何度来ても気持ちい。朝は特に最高です!
東京都の水瓶奥多摩湖。奥多摩駅から歩いてきたので到着した時は嬉しかったです。見晴らし最高ですぐ近くの公園で山コーヒーを頂きました。美味しかったです。水道は確かなかったので水は持って行った方がいいです。
| 名前 |
湖底の故郷歌碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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Webアプリ「小河内タイムレンズ」で当時の村の様子が見られます湖底に沈んでしまった小河内村元村民のかたの貴重なお話や画像など盛り沢山でとても楽しいです。