鏡作伊多神社の神秘、保津の静けさ。
鏡作伊多神社(保津)の特徴
御祭神は石許利止売命で、神聖な雰囲気を感じられます。
100mm先には鏡作伊多神社(宮古)があり、神社巡りにも最適です。
静かな境内で、心を落ち着ける時間が過ごせます。
鏡作伊多神社(保津) 御祭神は石許利止売命 100mm先には同じく 鏡作伊多神社(宮古)があります。
| 名前 |
鏡作伊多神社(保津) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=33781 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
鏡作伊多神社(かがみつくりいたじんじゃ)保津。奈良県磯城郡田原本町保津。式内社(小)論社、旧村社。【祭神】石凝姥命(いしこりどめのみこと)【関係氏族】物部姓の保津氏資料によると、北方200mほどの宮古地区に鎮座する「鏡作伊多神社」と共に式内社「鏡作伊多神社」の論社となっています。当社の近隣に鎮座する式内社に「鏡作坐天照御魂神社」「鏡作麻氣神社」があり、当地一帯に古く鏡を製作した技術者集団が居住し、当社を含むこれらの神社を奉斎していたことが考えられます。保津環濠集落の中にある小社。物部姓の保津氏が環濠集落の中で住居した。典型的な城塁で北側は街道に面し道端の堀と二重堀になつている。完全な姿で今日残つている。伊多は板で銅板・鐵板の意である。ここで鏡作部が板の如く鍛へあげる作業をしたので、その祈願の神社であらう。鏡作麻気神社はそれに磨きをかけた方の所願の神社であらう。近世以前の保津社は、現在地の東約300mほどの小字・伊多敷(イタシキ)の地にあり、保津集落の移転に従って現在地に遷座したらしい。境内の中央に目通り約3.5mの老杉がある。幕末から明治初期へかけての儒者西谷綱奄(けいあん)は当社を富都神社に比定する。当地の地名「保津」は物部氏の一族「穂積氏」と関わりがあるとし、当地「保津」こそが穂積氏の根拠地であるとする説も有力です。とあります。