秋の銀杏、圧倒的美しさ。
日蓮宗 洛東本山 頂妙寺の特徴
創建は文明5年、歴史ある日蓮宗のお寺です。
秋の訪れに圧巻の銀杏が黄金色に輝く境内です。
仁王門通りに面し、ゆったりとした空間で探訪できます。
京都鴨川二条大橋東詰め二条通り東進む川端南に進むとある、日蓮宗洛東本山頂妙寺。
東山二条のバス停前にあります。駐車場の入り口を通って中に入れます。頂妙寺は文明五年(1473)細川勝益から受けて、日祝(にっしゅう)上人が創建しました。日蓮宗の本山で洛中法華21ヶ寺本山の一つです。俵屋宗達ゆかりの寺でお墓もあるそうです。本堂の前にある銀杏の大木は秋に紅葉します。春には仁王門や本堂に早咲きの桜が咲きます。あと鬼子母神像や鐘楼、菊神稲荷大明神などもあります。大乗院では三味線教室もあります。二条通りには素敵なカフェやお店が並んでいます。特にトリバコーヒーがおすすめです。少し東へ歩くと細見美術館があり、伊藤若冲の雪中雄鶏図などの名画が見られます。
2024年4月7日に参拝しました。付近を散策していたら、山門から桜が見えたので立ち寄りました。2022年9月11日に参拝しました。室町時代の1473年に創建した由緒ある寺院です。山門をくぐると、目を引かれる立派な門構えの仁王門、この仁王門、仁王門通の名前の由来になっています。ちなみに、仁王門通は、川端通から東に約1.5km、琵琶湖疎水まで左京区を横断する形で一直線に続いています。仁王門といえば、阿形と吽形の仁王 (金剛力士)がいますが、コチラには仁王ではなく持国天と多聞天がいますので珍しいですね。また、仁王門の中央上部には、豊臣秀吉から宗門布教の再開を許された時に拝領した許状が掲げられています。
京阪三条駅から徒歩10分、仁王門通りに有り、広い境内、八つの塔堂、見所が沢山有ります。文明5年(1473)創建、開山は日祝上人、土佐の武将細川勝益による開基、本尊に十界曼荼羅を祀る日蓮宗の寺院です。歴史を見ると1532年〜1536年の宗派間の紛争「天文法難」による焼失、そして堺への移転、再度1536年、京都で復興。更には天正7年(1579)織田信長の足利義昭への焼き討ち、更に問答勝負の「安土宗論」安土城下での浄土宗と法華宗の法論の結果、負けた法華宗は袈裟を剥ぎ取られ、多額の金銭を支払い、布教も禁止され衰退する。ところが秀吉の時代になると、宗論が道理にかなっていないと明らかにされ、布教が許される事に成る。その許状が、仁王門の扁額として掲げられている。他にもお宝、俵屋宗達が牛を書いた掛軸があるそうですが、それは特別拝観時のお楽しみ、平常ぐるりと周るだけでも十分時間を要しました。大きな銀杏や桜の木が守られています。春、秋の景色が楽しみです。
川端二条近くにある、京都21箇本山の一つの大きな日蓮宗のお寺。敷地内に塔頭や鎮守社も多くみられます。また新洞仏教会と呼ばれる地域の中にあり、この他にも多くのお寺があり大小あわせて55のお寺があるようなので、他のお寺も回ってみると良いかなと思います。寺内ですが、人も多くないのでゆったりと参拝できると思います。山門は改修中で、2024年10月中旬まで工事のようです。
洛東本山頂妙寺。日蓮宗のお寺です。境内は広くてとても綺麗です。御朱印(御首題)も頂けます。
御本尊:十界曼荼羅宗派:日蓮宗創建は文明5年(1473)と伝えられています。下総国出身の僧・日祝(にっしゅう:1437-1513)の開山と言われています。当時の寺地は南は四条通、北は錦小路通、西は万里小路、東は富小路通に至る程広大でしたが、焼き討ちなどによる移転を繰り返し、寛文13年(1673)に現在地に鎮座しました。拝:2024/04/03
二条通を散策してたら、駐車場の右手奥に開放的な境内があり何気なく歩いてました。この頂妙寺は日祝が1473年四条柳馬場に創建、1509年に上京区の元頂妙寺町に移リ後転々と移転し、この地に再興されたのが1673年。後1788年の天明大火で焼失その後再建され現在があるみたいです。広々とした境内に、山門.仁王門.本堂がつながっていても圧迫感がなくゆったりしました。初めに見た駐車場も30分150円1日だと1200円とお値打ちですからここに車を置き散策するのもありですね。
立派なお寺さんです。雪化粧!
| 名前 |
日蓮宗 洛東本山 頂妙寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-771-0562 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 6:00~23:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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人は多いですが何も問題なく見物できます。