源平一騎打ちの迫力、須磨で体感。
源平の庭の特徴
一の谷の戦いを再現した庭園は迫力満点の騎馬像があります。
敦盛と熊谷直実の名場面を感じることができる源平の庭が魅力的です。
与謝蕪村の句碑が美しい風景の中で心を洗ってくれます。
平家物語で胸を打つのが平敦盛(清盛の弟である経盛の末子)という少年の話、お互いに敵の武将として戦い、敦盛を波打ち際に追い詰める。だが、自分の息子と同い年の敦盛を哀れに思い、こっそりと逃そうととする。「私は熊谷直実と申す、名前をおっしゃって下さい、お助けしましょう」しかし敦盛は「名乗らなくとも私を討ち取り、人に聞けば解るでしょう」と静かに運命を受け入れていた。振り向けば味方の軍が直ぐそこ迄来ている。もはや助けるのは不可能、涙ながらに敦盛の首を切った。「あぁ~弓矢を捕る身ほど辛いことはない、武士の家に生まれてなければこんな目に遭うことは無かったのに」と涙するのであった😢平家はご存知の様に敗北を重ね、最後壇ノ浦で滅びてしまう。ここに800年前の戦いの像と、その名場面が作られ、今も引き継がれています。その後、熊谷直実は出家して法然と言う偉い僧に弟子入り、蓮上法師となり、金戎光明寺に行くと平敦盛と熊谷直実の供養塔が建てられています。須磨にも敦盛供養塔が有りますけど。
どちらの像も凛としてカッコいいですよ😀
須磨寺境内に造られた一ノ谷の戦いの熊谷直実と平敦盛の一騎打ちを再現した庭園。源義経率いる源氏の奇襲に敗退し船で逃げ出す平家。手柄を上げようと源氏方の熊谷直実が逃げようとする平敦盛に呼びかけ一騎打ちに。直実は敦盛を取り押さえるも彼が自分の息子と変わらない年頃の若武者だと気付き躊躇うもついに首を取りました。その後直実は出家し蓮生と名乗り敦盛の菩提を弔ったそうです。庭園には須磨の波打ち際が再現され陸側に熊谷直実の像、海側に平敦盛の像が建てられています。
敦盛公・熊谷直実の像の手前には、与謝蕪村の句碑があります。「笛の根に 波もよりくる 須磨の秋」
源平合戦の名場面のひとつ、敦盛最期。この庭はその平敦盛と熊谷直実の名シーンを再現しています。
須磨寺境内、須磨の浦を駆ける平敦盛を熊谷直実が呼び止めるシーン。そのまま逃げてしまえば。
■須磨の庭(源平の庭)須磨海岸を模してある庭。騎馬武者像が在る。海辺に若き平敦盛(たいらのあつもり)、浜辺に追い詰めた熊谷直実(くまがいなおざね)。絵になる。●寺のHome Pageでは「源平の庭」と記されているようだ。平敦盛の墓や塚は多い。須磨寺境内に首塚が在る。須磨浦公園西端には胴塚も在る。敦盛15歳没時には直実43、法然51、親鸞8歳位。熊谷直実はのちに出家して法然の門徒となり蓮生(れんしょう / れんせい)と号した。永く敦盛を供養して自らの墓も側にと願った。京都の金戒光明寺に敦盛と直実の墓がある。法然上人御廟前に何と向かい合って二人の墓が在る。
首塚で写真を撮る気にはなれないけれども、こちらで遠慮なく撮らせて頂いた。
源平合戦の雰囲気が伝わりやすい像。
| 名前 |
源平の庭 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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