山の上の神々しい椿。
村社椿山神社の特徴
山の上に位置する神々しい神社、自然と調和した景観です。
小さな神社ながら、静かな空間を提供してくれます。
座敷犬がいる、ほのぼのとした雰囲気が感じられます。
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神々しい場所です。
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山の上の小さな神社です。車でも来れるようです。
座敷犬ですか?
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| 名前 |
村社椿山神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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椿となづく神社は、猿田彦命との関係が深く、この社も白髭神社と呼ばれていた時期もあり、歴史書には全く書かれていないが、祭神は猿田彦命であると、私は考える。この社は元は立石(メンヒル・すぐ南にある)を古代から祀っていて今に至る神社で、この地が開発された当初辺りから存在すると考えられるとても古い神社であると考える。祭神については昭和13年の書によると八意兼神(やごころおもいかねのかみ・気象の神)菊理姫神(くくりひめのかみ・白山神社の神)天照太神(あまてらすおおみかみ・主神)の3柱が本殿に祀られている神とある。___________________[祭神について]❹【参考 恵那市史 通史編 第3巻 2 1991年】天照太神(あまてらすおおみかみ・主神)八意兼神(やごころおもいかねのかみ・気象の神)菊理姫神(くくりひめのかみ・白山神社の神)火産霊神(ほむすびのかみ・火の神)誉田別神(ほんだわけのむこと・応神天皇・八幡宮の神)笠置大神(かさぎおおかみ)八幡大神(はちまんおおかみ・八幡大菩薩・応神天皇)❺【参考 笠置村誌 昭和13年】[本殿] 3柱をまつる八意兼神(やごころおもいかねのかみ・気象の神)菊理姫神(くくりひめのかみ・白山神社の神)天照太神(あまてらすおおみかみ・主神)①[大産霊神社] 2柱稲倉魂神(うかのみたまのかみ・五穀豊穣の神)火産霊神(ほむすびのかみ・火の神)②[誉田別神社]伊弉冊尊(いざなみのみこと)応神天皇(おうじんてんのう・八幡宮の神)③[笠置神社]笠置大神(かさぎおおかみ)天照大神(あまてらすおおみかみ・主神)素戔嗚神(すさのおのかみ・防疫の神)④[八幡神社]応神天皇(おうじんてんのう・八幡宮の神)⑤[若宮神社]仁徳天皇(にんとくてんのう・干拓事業の守護神)⑥[南神社・⑦切山神社]⑧[加壽里神社]祭神 不詳以上8社が合祀されているとある。_______________[メモ]①切山神社・・・椿山神社に合祀寛文8年(1668年)創立[鎮座地] 神の木 切山の森の根[祭神] 伊勢大神宮 笠木大権現②春山神社の社檀に1基 爾餘の土塚があったが、明治から大正の間の頃に開拓によって破棄されて、現在は残っていない。爾餘の土塚とは、その土地の祖先が首領と仰いだ族長を祀った遺蹟であって、その祖先の墳墓である、とある。______________元は 古代の立石を信仰したもので、「明神の宮」とよばれていた産土神(うぶすながみ)の神社であったようだ。荒廃した「明神の宮」を、寛文7年(1667年)「樋田弥兵衛」が再建し「石平山大明神」と称したとある。❸【参考 姫栗と河合の地名 1982年】地元の小学校校庭に、並立する大小2本の美しい自然石の立石がある。メンヒルとして教育委員会から史跡指定をうけている。この立石は「明神の宮」の御神体であったといわれる。明神の宮とは「樋田氏前後物語」の中の「濃州加茂郡姫栗村樋田由来」という慶長16年(1611年)に、樋田与右衛門の書いた1編に出ている語である。明神の宮は姫栗村の産宮であったが、戦国の乱世以来、荒廃して久しく境域は竹やぶになってしまって、社堂があるかないかもわからぬほどあったのを、庄屋2代目 樋田弥兵衛が願主となって、再建し、寛文7年(1667年)石平山大明神と申し奉ったと、記している。石平山大明神は、明治2年(1869年)現在地に遷座されて、椿山神社となったが、御神体の立石だけは元の位置にのこされたのである。いまは「三幸毛糸紡績株式会社」という工場になってしまっていて・・・とある。_________________椿の名がつく神社の付近は ツバキ の原産地であるという。この場所の付近は ヤブツバキ の巨樹が多い と紹介されている。又、摂社に猿田彦命を祀る社や道祖神のある地は ツバキ がおおい、とも書かれている❷【参考 現代椿集 1972年】椿神社、椿大神社、椿山神社など、椿名のある神社はいづれも ツバキ の原産地に鎮座されることから、その名でよばれている、とある。鈴鹿市の椿大神社と滋賀県伊香保の椿神社は祭神が 猿田彦命 で、宇治土公(うじとこ・姓名)の遠祖として、宇治山田市に猿田彦神社があるが、天孫の先導に立ったという伝承で、その山野に群生したいたであろう ツバキ とは縁が深い。「猿」と「申」がおなじく サル であることから、庚申の日に此の神を祀る習俗がうまれ、椿名にも「庚申の供(百椿集)」があり、猿田彦と道祖神とが結びつき、摂社に猿田彦命を祀る社や道祖神のある地は ツバキ がおおい。恵那市笠置町姫栗に 椿山神社 があり、附近には ヤブツバキ の巨樹が多い。__________________椿山神社は元は石平山大明神(白鬚大明神)であり、その背景から祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)と私は考える。明治2年に石平山大明神は椿神社と改称し、明治4年の1村1社の政策により、近郊神社と合併し数々の祭神が加わった❶【参考 恵那市史 通史編 第2巻 1989年】椿山神社(1989年の書による)[祭神]白鬚大明神(石平山大明神)元第一小学校敷地内に鎮座しており、校庭に遺存する石柱を神体として祀り、これに萱葺(かやぶき)の社堂をつくって白鬚山大明神と呼んでいた。祭事、古来より煙火を供進、明治4年(1871年)1村1社で合祀した時に、集めた姫栗内各神社の棟札が多く残り、拝殿に掲げられている、という。[由来]寛文7年8月 創立される明治2年(1869年)8月10日 椿神社と改称明治2年(1869年)11月4日 現社地に遷座と共に、大小の近郊の神社を合祀して椿山神社と改称した。[末社]_〇剣権現社_[由来] 元文元年建立_〇妙見大菩薩[旧称、通称] 椿の森[所在地] 中切。