流鏑馬の秋、歴史ある神社。
出雲伊波比神社の特徴
歴史ある出雲伊波比神社は、景行天皇五十三年に創建されました。
有名な流鏑馬行事が開催される神社であり、毎年11月3日が特に盛り上がります。
重要文化財の本殿が荘厳な雰囲気を醸し出し、木々との調和が美しいです。
毛呂山町にある神社です。アクセスしにくい場所ですが、毎年流鏑馬が行われている伝統的な場所です。今度はぜひ流鏑馬が行われる時に行ってみたいと思います。
周りを木々に囲まれ、拝殿が空を背景に清々しくたたずむ。毎日、地域の方も場を清めていらっしゃる姿を目にするのでさらに気持ちがいい。宮司さんが私たちと神様を繋ぐために務めに向かう志も教えてもらい、まわりの助けの上に私たちの生活があることを感じられる場所だ。
秋に行われる流鏑馬で有名なこちらの神社、今回参拝に訪れたのは4度目。いつの間にか御朱印が何種類も増えていてビックリ!それも見開きのイラスト付き。参拝後に迷わずイラスト付き御朱印をお願いしました。
出雲伊波比神社にお伺いさせていただきました。東武越生線の東毛呂駅から徒歩15分ぐらい、JR八高線の毛呂駅からですと徒歩5分ぐらいです。いわい神社と読みます。創建は西暦123年と神社の中でも指折りの古さ。毛呂山町の臥龍山の上にご鎮座されていて、参道も緩やかな山を登るような感じですね。山頂の境内は開けた感じで解放感があります。また、拝殿、本殿の彫刻も見事で素晴らしい。毎年11月3日に流鏑馬が行われていて、流鏑馬の為と思われる道が整備されています。私も当日お伺いさせていただいて流鏑馬を拝見します!この日は書き置きでしたが、素敵な御朱印を拝受出来ました🙇
確か初めてここに来たのは小学生の頃だったと思う。自転車での冒険で走り回り見つけて寄ったのが最初で、その後は初詣等で伺うことが多かった神社ですが、引っ越しにより離れてしまった為行く機会が減ってしまいました。場所が多少わかりにくい為に人は多くはないですが、その分落ち着く神社です。御朱印を頂く際に色々お話を聞かせていただきました。流鏑馬も見に来てくださいとお誘いいただきました。時間が合えば見に行きたいと思います。今回は猫さん少なかったなぁ~。
臥竜山の山頂にある神社です。景行天皇の43年、東国の夷を討伐するため派遣された日本武尊が立ち寄り、ヒイラギの鉾を納めて神宝とし、創建したと伝わります。本殿は焼失した後、大永8年(1528年)に毛呂顕繁によって再建されました。一間社流造の建築様式の本殿は、埼玉県内最古の寺社建築であり、昭和28年に国の重要文化財に指定されました。
小高い山の上にある出雲伊波比神社さん山を臥龍山と言い、龍が姿を変えて御山になったとの事です。☝️また呼ばれた気がしました😊御祭神は大己貴命天穂日命品陀和気命息長帯比売命になります。☝️流鏑馬としても有名で全国でも珍しいお社ですね。☺️境内には大型野鳥も住んでいて神秘的な所もあります。またお伺いします♪
景行天皇五十三年(123年)の創建で1900年もの歴史を有すると云われる出雲伊波比(いわい)神社。JR八高線毛呂駅前の小高い丘陵の上に鎮座していますが、この丘陵は倭建命が東征の際に命を助けてくれた龍が地に伏して山になったもので臥龍山と呼ばれているそうです。倭建命は戦の後、武日命に命じてこの山上に社を建て、大己貴神を祀ったのが当社の始まりと伝えられています。延喜式内の中で武蔵国入間郡五座の筆頭に挙げられていると伝わる一方で、当社は元々地元の飛来明神で、明治維新の頃権田直助らの尽力により出雲伊波比神社に改称したとの説もある論社です。
GW中に訪問しました。メジャーな観光地では混雑が激しそうに思い、穴場を調べるうちに発見。詳しく調べてみて驚きました。創建は775年、社殿は1528年再建時の時のまま。およそ500年前からある木造建築ということで、県内最古。毛呂山にこんなところがあったとは...と衝撃的でした。ほかには埼玉で唯一流鏑馬の演武を行うところとして有名だそう。境内は長期休暇の喧騒から隔絶されていて、緑豊か。歴史を感じられます。参拝者はほとんどなく、ゆったりと過ごせました。社殿は古いながらも綺麗で長年大切に管理されていたのが伺えます。個人的には、もっと知名度があってもいい、すばらしいところだったと思います。
| 名前 |
出雲伊波比神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
049-294-5317 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~12:30,13:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒350-0465 埼玉県入間郡毛呂山町岩井西5丁目17−1 |
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この辺では珍しく格式の高い神社です。それもそのはず、後冷泉天皇御宇康平六年(西暦1063年)、源義家が陸奥を征定し都へ凱旋する際に、臥龍山に上り出雲伊波比神社を参拝した折に、自身の守り神として兜の天辺に鎮め祀っていた石清水八幡宮の八幡皇大御神の御魂を大己貴神の相殿に奉斎しました。これが臥龍山の八幡宮のはじまりです。・・・だそうです。(神社のHPから)高い杉木立やクスノキにに囲まれた由緒正しき鎮守の杜です。階段の下が35℃ぐらいでしたから、木陰では30℃ぐらいに感じるほどに涼しい場所です。社務所までは車で行けますが駐車場は下の公民館に止めたほうが広いです。お年寄りや足腰弱い方を社務所まで送迎したほうが良いです。境内で「日露戦争凱旋記念樹」のクスノキの大木がありました。「日露戦争従軍記念碑」はよく見かけますが、記念樹の大木を見たときは感激でした。地区の皆さんは多くの方々が日露戦争で大陸に出征されたので、よほど喜ばれたのでしょう。令和の時代に日本が戦争に戦争にならないことを祈念しました。