静寂の中の由緒ある神社。
馬場都都古和氣神社の特徴
馬場古墳に隣接し、歴史を感じる静かな神社です。
宮司さんが親切で、神社の歴史や宝物について丁寧に説明してくれます。
様々な情報が張り紙で掲示され、参拝者を楽しませてくれる雰囲気があります。
2025.5式内社論社、陸奥国一宮、別表神社。正面の参道からだと急な階段を登ります。社務所は大きなものがありましたが、無人でした。訪問時は他に参拝者はおらず、普段はお参りも少ないのかなと思いました。【御祭神】味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)日本武尊(やまとたけるのみこと)【由緒】都々古別神社は陸奥一宮として崇拝されてきた古社です。およそ1900余年前、日本武尊が東奥鎮撫の折、関東奥羽の農業神、味耜高彦根命を地主神として白河市表郷の建鉾山に鉾を祀ったことが始まりとされています。大同2年(807)坂上田村麻呂が現在の棚倉城跡に奉還、社殿を造り日本武尊を合わせて祀りました。神社が初めて歴史書に見られるのは、承和7年(840)の『日本後紀』で、延長5年(927)には『延喜式神名帳』に、奥羽國白河郡名神大一座「都都古和氣神社」と記載されています。江戸時代に入り寛永2年(1625)棚倉藩主の丹羽長重が、幕命により棚倉城築城に際し、現在の地に遷しました。
R6.11.17福島県の一の宮の一つです 三社のうち 二つはおまいりしたのですが こちらは初めてです由緒のある 古いお社でした 一つひとつのお社をていねいにおまいりしてきました。
静寂に包まれた立派な神社です。苔むした参道は雰囲気あり、ですが雨上がりだった事もありますが滑り易い靴で行く方は要注意と思います。境内の社務所は無人でしたが賽銭箱に細かく丁寧に説明書があり宮司宅で御朱印は戴けます。お話好きな宮司さんより直書きで戴け色々な話しも聞け帰る際は交通取締りの場所まで説明していただきました。
磐城棚倉駅より徒歩15分ほど一宮巡りで参拝しました社務所の方は閉まっており、御朱印は階段を降りて二の鳥居をくぐった左側にある宮司さんの御自宅で頂けるとのことそちらで直書きの御朱印を頂く事ができました。
周辺には都都古和氣神社が多いですがコチラは馬場地区に位置している為に「馬場都都古和氣神社」と呼ばれています。延喜式に記載された古社で陸奥国の一ノ宮と呼ばれていますが同じ棚倉町にある同名神社も一ノ宮ですし近隣にも一ノ宮名乗る社があります。基本的に駐車場は無く神職も常駐していない為に静かな参拝となりますが鬱蒼とした社叢に囲まれて境内は乱れがちです。それでも国の重要文化財に指定されている本殿などは立派で由緒ある神社で有る事が伺いしれます。
社務所には誰もいませんよ。というのは置いといて。閑静な神社です。御朱印は官舎の向かいにあるお家です。わかりづらいですが、郵送でも対応しているみたいです。いるかいないか、運次第かとおもいます。それと馬場を付けないとググれないので要注意です。
二の鳥居の所の脇の自宅で御朱印を頂け、手書きと書き置きと選べるようになってました、神社の石畳は皆さんが書いてあるようによく滑りましたがそれも良い感じでした。
参拝してきました。境内はマイナスイオンたくさん。しかし、あまり、整備されてないので荒れてます。だけど、有名な神社と違って、参拝客もないし、大変と思います。参道の石畳、雨降ると滑りやすいので注意!御朱印は階段の右の民家で書き置きでもらえます。コロナで敏感になってるようで、仕方ないかな。
奥州一宮の一つですが、こちらには職員の方が常駐していないようで、御朱印をいただくことができませんでした。歴史は古く境内の木々も大きくて立派ですが、拝殿と社務所はあまり低レベルされてないように思えます。
| 名前 |
馬場都都古和氣神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0247-33-7219 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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御朱印は参道から鳥居出た御宅で頂きます。玄関で御朱印をお願いしたい旨伝えると「遥々お越し下さいましたが、もう過疎と異常気象でどうにもなりません」と、神社の修繕や清掃に全く手が回らないことを暗に言ってらっしゃる様に聞こえました。格式の高い一ノ宮に分類される神社にしては、境内に雑草が伸び、杉の枯れ枝が参道脇に溜まってます。ここの前に日光二荒山神社に参拝しましたので、同じ一ノ宮でも人が集まる観光地と片田舎では、参拝する人の数も違い賽銭や初穂料だけでも、かなりの違うと思います。東京と地方の町村の違いを見る様でした。