静御前舞跡、再建の祈り。
勝手神社の特徴
伝説の舞が舞われた静御前ゆかりの舞塚があります。
不審火により焼失した歴史深い神社として知られています。
全国に28社ある勝手神社の総本社として特別な存在です。
義経の妻 静御前が捕えられた後、ここで舞を披露し居並ぶ荒くれ武者を感嘆させたという話の伝わる神社。惜しむらく不審火で消失。再建半ばです。外観は完成している感じなのでまもなく再興かと思われます。陰ながら応援しております。
不審火によって消失した勝手神社は只今再建中でめでたく今年10月に完成の運びとか。社殿の朱色が鮮やかです。狛犬の桜も静御前桜も満開。能「嵐山」にも詠われし「勝手神社」はこれなりと心静かに花を眺めうずるにて候。「勝手」とは台所という意味もあり母は「おかって」と言っていました😁2025年4月11日。
御朱印お受けしました。吉水神社さまにて戴けます。再建中でした。
社殿は2001年 不審火により焼失御祭神は𠮷水神社に仮遷座されております足場が組まれ再建へと動き出し始めているみたいです😀僅かばかりですが御寄付させて頂きました🙏😔此方の御分霊でしょうか 大阪府堺市の須牟地曽根神社を知る者より吉野八社明神の一つ 吉野 大峰山の鎮守社金精明神:吉野 金峯神社牛頭天王社:廃絶子守明神:吉野水分神社芝明神:八大竜王社勝手明神:勝手神社井光明神:井光神社八幡宮または佐抛神社威徳天神:威徳天満宮幣掛明神:幣掛神社(井光神社または佐抛神社って どっちなんだい😁)
捕らえられた静御前が請われて舞を舞った場所だそうです。火事にあって今は建物は有りません。この神社は吉野山口神社とも勝手明神ともよばれていた由緒正しい歴史的貴重な神社です。ご祭神は、天忍穂耳命、大山祇命、久々能智命、木花咲耶姫命、苔虫命、葉野姫命です。創建は不明ですが紀元前386年とも伝えられます。大海皇子が琴を奏でたら袖振山から天女が舞い降り舞ったという話があります。勝運や芸能、山の神、花の神として崇敬をうけています。
能の吉野静の舞台になった勝手神社です。いつか行こうと思っていたのですが、ようやくお目にかかる事ができました。ちょうど桜が見ごろの時期で、ここで静御前が舞っていたと考えると、桜が散っていくこの時期には特に感慨深いものがありました。建物自体は確かに消失しておりなかったのですが、大勢の人がいるど真ん中にあります。
何度も焼失し、復興を遂げてきた『勝手神社』ですが、2001年に焼失後20年以上経ちますが、必ず再建されて欲しいですね。
2001年の不審火で社殿は焼失したままです。過去にも焼失しており今回で3度目。少し荒れた境内ではあるが、定期的な手入れはされているようです。すぐ近くの吉水神社に仮遷座しており、再建の寄付も受付しています。過去2回の再建は焼失から10年前後経ってからということで、今回もそろそろ再建される事を願います。駐車スペース、トイレ無し。桜と紅葉のシーズンを外せば2輪なら停めれます。
吉野の歴史を担う主要な神社の一つですが、不審火で全焼したまま再建されず痛ましい限りです。焼失前の写真があったので合わせて載せておきます。復興を願うばかり。
| 名前 |
勝手神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0746-32-3024 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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勝手神社(かつてじんじゃ)。奈良県吉野郡吉野町吉野山。式内社(大)吉野山口神社(ヨシノノヤマクチノ)論社、旧村社。【祭神】天之忍穂耳命(配祀)大山祇命、久久能智命、木花咲久夜比売命、苔蟲命、菅野比売命資料によると、吉野の神奈備山である青根ヶ峰に水分峯神がまつられていたのを、金峯神社、水分神社、勝手神社に分割して配置したとも伝わっており、 それならば神奈備山頂にまつられた神が始源の神であると言える。水分峯神とよばれていたようで、祈雨・止雨の神であったのではなかろうか。 三分割された後に、修験道や仏教が入ってきて、神々が変遷して来、今や天孫地祇が入り交じってまつられている。また、吉野山の入り口に位置することから山口神社ともいわれた。吉野のケーブル駅からほど近い賑やかな土産物店などが並ぶ一角に鎮座している。不審火で火災にあってしまい、再建の募金をお願いする看板が掲げられているのは痛々しい。現在は向かいの吉水神社に仮設置されている。立地上は神仙境吉野の入り口、下手にあたる場所である。勝手とは下手の意であろう。とあります。