静かな住宅街に、二つのお城。
庭瀬城跡の特徴
吉備地域の歴史的な城址で、戸川氏や板倉氏の関係の場所です。
石垣や水堀があり、低地に造られた水城の魅力を感じることができます。
住宅街の中にある静かな公園化された城跡で、落ち着いた雰囲気が素晴らしいです。
庭瀬城跡が現在は神社と公園になっていました。堀が池のようになっており、いい雰囲気でした。
庭瀬城&撫川城と、堀に囲まれて隣り合っている2つのお城🏯この手のタイプのお城大好きです。もともと沼地のお城とのことだけど、館跡っぽくて、周りに集落が密集していて、往時が偲ばれます。こちらの方が、堀まわりが大きくて、ポイントされているところがお城というよりも、堀の内側全体が本丸跡地といったところでしょうか。住宅地なのに、車を停めることのできるスペースもあってありがたい。
街中に溶け込む、小さな城趾。石垣と共に、堀が、楽しめる。郭内は、神社と、公園化され、小さな子供が遊んでる。
戸川氏、板倉氏のいた吉備地域の城址です。
沼にあった城のようですが、城跡は公園などになっています。水路があちこちにあり、その頃の名残のように思います。近くには撫川城があり、もともとは一つの城であったようです。
庭瀬駅から徒歩5分位の静かな住宅街にあります。お堀の中には神社と公園があるだけで、お城の遺構らしき物は残っていませんでしたが、周りの石垣は当時のままの様です。典型的な沼城との事で、案内板にも工事は大変難航したと記されていましたが、沈下せずに現在に至るのは昔の工法と職人の工夫と技術の高さがうかがえる大変貴重な文化財だと思います。
石垣や水堀があります。駐車場もあります。
【織田軍秀吉に関連あり】
見た目城跡と言うより近所の⛩️ってな感じ。静かなとこです。
| 名前 |
庭瀬城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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庭瀬城はもともと西にある撫川城の二の丸で両城はひとつの城郭でした(足守川の河口に広がる沼沢地に立地し港に接したこの平城は沼城とも呼ばれ、陸路は岡山城や備中高松城に通じ水上交通の要衝としても重要な位置を占めていたようです。今でも庭瀬地域は堀や水路に囲まれた独特の景観を保っています)庭瀬藩は関ケ原後に備中国都宇郡、賀陽郡のうち2万9200石を与えられた戸川達安におこりますが一族に次々と領地を分与し(早島、帯江、妹尾、撫川のちに中島)2万石に減じた後、戸川宗家は無嗣断絶により改易、庭瀬は倉敷代官所支配になります戸川氏は撫川を分与されていた家が跡を継ぎ今の撫川城址に知行所を置きましたが、後に庭瀬には久世氏、松平氏を経て板倉氏が2万石で入り今の庭瀬城址に藩庁(庭瀬陣屋)を置きました(戸川時代にも藩庁は庭瀬城址に設けられ撫川城は古城と呼ばれていました)もとは都宇郡に広い領地を持っていた庭瀬藩ですが、幕末時点で都宇郡内の支配地はわずかに矢部村 1村のみでした(他は小田郡に20村、賀陽郡に10村)城跡には板倉氏の祖を祀る清山神社が建てられていますなお、庭瀬陣屋の表門が東花尻の立成寺に移築されて残っています。