9世紀の歴史を感じる海神社。
渡津神社の特徴
島津島の海沿い遊歩道が魅力的な神社です。
五十猛命を御祭神とする小規模な神社です。
9世紀の文献に登場する歴史ある神社です。
ワタヅジンジャ。平安時代ごろまでは全国に知られる名のある神社だったらしいが、今では地震か台風の被害を受けたままひっそりとした雰囲気になっている。
五十猛命を御祭神とする小規模神社。元々は地触神が祀られていた。創建時期は不明で900年代前半には既に存在していたようです。御利益は海上安全と豊漁。西ノ島にある由良比女神社の元宮とも云われています。土佐日記にも『ちぶり神』が移転し由良比女神社になったと記されている。しかし、由良比女神社は知夫里島のイカ浜から移ったとされており、イカ浜はここではなく北側の海に面しているため真偽は怪しい。無人で素朴な雰囲気だが由緒ある神社。古代から平安時代にかけて日本を代表する海上航路の神社だったようです。島名の知夫里も、この神の名が由来とされている。島津島は車両の進入ができないので島の手前からは徒歩で進むこととなります。神社までは遊歩道が整備されている。途中で見える渡津の入江は2024年の隠岐観光パンフレット表紙に選ばれているぐらいのキレイな景色を楽しめます。駐車スペース有り。島へ渡る橋の手前に停めれます。トイレも近くにあります。
島津島に渡り、海沿いの遊歩道を歩いていきます。気持ち良いです。途中に断層あったり、少しスリリングなのも良いです。
[延喜式内社]隠岐國 知夫郡 海神社二座近くには「お松の碑」がある。【隠岐観光協会HPより】隠岐民謡「どっさり節」の起源とされる「お松」の碑。 昔、知夫里島の仁夫(にぶり)の漁師の家にお松という娘がいました。あるとき、この島に寄航した越後の船乗りと恋をし、その若者は、よく北国の追分節を歌って聞かせていた。 やがて、船出のときがきて若者は去り再びお松のもとへは帰ってこなかった。 お松は、聞き覚えた追分節を口ずさみながら、若者を偲ぶのが唯一の慰めとなった。 節まわしは、若者のものとはずいぶん違っており、島の人がそのことを注意すると、お松は「どっさりくっさり似てます」と言って寂びしそうに笑った。 「どっさりくっさり」とは隠岐の方言で「どうにかこうにか」よいう意味。 そこから付いた名前が「どっさり節」として、今でも隠岐民謡の代表として唄われている。
| 名前 |
渡津神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=30618 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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創立年代不詳ながら、9世紀の文献にはすでに名前が見える古い神社のよう。今は本当にひっそりしたものです。神社庁のHPによれば、主祭神はイタケルノミコト。海上安全、豊漁、家内安全のご利益があるとのことです。現地の看板によれば、知夫里島は隠岐諸島で最も本土に近いことから、海上交通の要衝となり、道路の神すなわち「地触神」を奉紀しており、これが「ちぶり島」の名前の由来になったそうです。