高杉晋作潜伏の博多町。
常盤館跡の特徴
高杉晋作が潜伏した歴史的な場所です。
平尾山荘からの道筋が体験できます。
博多の町での貴重な足取りが残っています。
高杉晋作が元治元年、平尾山荘を抜け出て、この博多の町に潜伏したのが約4日間。その間の足取りが最近やっとわかってきました。平尾山荘から少し急ぎ足で歩くと、最初に潜伏した石堂橋あたりの水茶屋「若松屋」後に「常盤館」まで約2時間の道のり。若松屋で月形洗蔵を待っていた高杉でしたが、待てど暮らせど現れないのでついに関所破りを決行。変装の名人だった高杉さんは、若松屋の使用人が着る半纏を着て、5〜6歳の女の子をおぶって、遊郭に用事があるふりをして関所を突破したようです。現在の「大浜公民館」このあたりが、旧柳町遊郭街(その後移転して新柳町ができた)です。柳町の「梅が枝屋」というところを根城にしていたようですね。
孫文が匿われていた場所です。玄洋社の頭山満、杉山茂丸、作家・夢野久作も出入りしていました。
申し訳ない 知らない の です。
高杉晋作が元治元年、平尾山荘を抜け出て、この博多の町に潜伏したのが約4日間。その間の足取りが最近やっとわかってきました。平尾山荘から少し急ぎ足で歩くと、最初に潜伏した石堂橋あたりの水茶屋「若松屋」後に「常盤館」まで約2時間の道のり。若松屋で月形洗蔵を待っていた高杉でしたが、待てど暮らせど現れないのでついに関所破りを決行。変装の名人だった高杉さんは、若松屋の使用人が着る半纏を着て、5〜6歳の女の子をおぶって、遊郭に用事があるふりをして関所を突破したようです。現在の「大浜公民館」このあたりが、旧柳町遊郭街(その後移転して新柳町ができた)です。柳町の「梅が枝屋」というところを根城にしていたようですね。
| 名前 |
常盤館跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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若松屋(常盤館)があった場所です。位置は古地図でみると大分東よりに石碑があります。ここから石堂橋門を突破して再度博多潜入、柳町(博多高等学園)へ。梅が枝屋の裏手より石堂川に降り福岡藩処刑場付近を回り込み博多浜を走り対馬藩邸へ。先日送別会を開いたはずの晋作が長州藩士と合流する為に戻ってきました。