歴史を感じる島津忠良の墓。
常潤院跡の特徴
戦国武将・島津忠良の墓が存在し、歴史を感じられる場所です。
日新公いろは歌に代表される、領民への指針を伝える貴重な史跡です。
鹿児島県南さつま市で歴史探訪が楽しめる、学びのスポットとなっています。
薩摩訪問2日目、天気もだんだん良くなってきました。ヨシ! 常潤院は島津忠良が建てた塔頭で死後は墓所となったところです。常潤院は忠良が1538(天文7)年薩州家島津実久から奪った加世田(別府城のあるところ)にあり、忠良は1540(天文9)年に移り住んだようです。今日は、竹田神社前の信号の交差点から入る駐車場へ車を止めて、竹田神社の境内から「いにしへの道」を通って常潤院跡へ向かいました。蛇足ですが、ここは「加世田武田」という住所ですが、神社は「竹田神社」、なぜ? ちょっと気になりました。「いにしへの道」へ入るとすぐ右手に「島津尚久の墓」があります。また、この道の脇には島津忠良に関する説明版や「いろは歌」の石碑が「い」からずっと並んでいました。なかなか趣があります。この道の行き当たったところに常潤院跡がありました。常潤院跡の門(入口)もなかなか趣があります。ここから奥へ入ると右手に井尻神力坊の墓、次に日新公夫人の墓、そして一番奥正面に島津忠良(日新公)の墓があります。
歴史を感じざるを得ません。
ここに島津忠良(日新公)の墓があります。人として少しでも日新公に近付く事を誓い、手を合わせました。ありがとうございます。
| 名前 |
常潤院跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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🍀島津忠良の墓 戦国の武将で日新公いろは歌によって、領民に指針を与える。伊作の領主で加世田に移り、領内の政治を見守った。