江戸時代の海路を感じる、七里の渡し。
七里の渡し船着場跡の特徴
熱田湊があった場所で、旧東海道の趣を感じる史跡です。
江戸時代の東海道唯一の海路として名高い七里の渡しの跡です。
整備された公園内には、立派な常夜燈が再現されています。
ココロに幻の航路を見いだせる人にはたまらない。古来からここを通ってたくさんの文物人品が行き来してたんでしょうね。
桑名宿のシンボルとも言える場所で、かつての船着場を監視していた櫓が再現されています。ちょうど「堀川まつり」の前の週で、船着場の周りにたくさんの提灯が飾り付けられていました。お祭りの準備をしていた年配の男性が、機会があったら堀川祭りにもきてくださいねと声をかけてくださり、地元を愛していらっしゃるんだなと温かい気持ちになりました。(ガイドさんがイヤホンで解説してくれている途中だったので、あまりお返事できなくて申し訳なかったです)いつか機会があれば、まきわら船が美しいという堀川祭りも見てみたいですね。
2026.05.302025年の正月から歩き出してた旧東海道ウォーキング。夏場の開催を避けて16回目の開催にして遂に七里の渡まで到達した。この場所に来たのは、以前名古屋に赴任していた時に息子と来て以来だから多分12年ぶり。続きはまた秋から再開。次は伊勢路だ…(*´ω`*)
七里の渡し 船着場(名古屋市 熱田区)東海道五十三次は、ここ(熱田)から桑名まで海路になります。日本橋から歩き始めて 24日目で 七里の渡しまで来ました。七里の渡しは、江戸時代には公式ルートとして繁栄しました。桑名まで おおよそ4時間で着いたようです。当時、陸路の佐屋街道では丸1日かかりました。その後、明治維新後 1872年(明治5年)に 新東海道(前ケ須街道)が完成 (前ケ須は現在の弥富市に属する)。鉄道も 1895年(明治28年)に名古屋~桑名~草津までのルートが開業し、七里の渡しは、ほぼ その役目を終えました。現在、ここ熱田(宮宿)の七里の渡し跡は 公園として整備されています。海が遠くなったという声もありますが、私は充分 海を感じました(東京で例えると、晴海や豊洲のようだな と思いました。)。
江戸時代、熱田湊があった場所です現在の東京〜大阪間を運行する船の停泊地でした心身ともにリフレッシュできる重要拠点ですねこの港は明治期まで名古屋の発展に貢献しました説明書きが多くて分かりやすく、絵図を見ながら当時を想像していると時間が早く過ぎますまさに物思いにふけられる場所駐車場はないけど緑のポールが4本立ってるところに停められました。
東海道の歩き旅の途中に訪問しました。よく整備されており、清掃も行き届いています。人はほとんどいませんでした。近くにトイレもあり、お弁当を買って家族で来るのもありかもしれません。
東海道で唯一熱田から桑名までは海路でした。今ではすっかり埋め立てにより海岸線はかなり南になったけど。今は公園として整備されてます。近くに30分無料の駐車場があります。
昔から残っているものはあまりないようです。桑名側とセットで見るといい気がします。
昔の船着場跡 規模は小さいけど雰囲気はカナリ良かったです。
| 名前 |
七里の渡し船着場跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
東海道53次41番目の宮宿から42番目の桑名宿まで七里の渡し船着場跡を公園に整備された場所です。メインは常夜燈と鐘樓ですので、日没後のライトアップされてからのほうが魅力的に感じます。夏の間に旧東海道を徒歩で江戸まで向かおうと思い下見に行ってきました。