艦砲ぬ喰ぇー残さー歌碑で沖縄の歴史を感じる。
艦砲ぬ喰ぇー残さー之碑の特徴
比嘉恒敏作詞・作曲の艦砲ぬ喰ぇー残さーの歌碑がある場所です。
沖縄戦の歴史を感じられ、思いを馳せる魅力的なスポットです。
展望エリアからは東シナ海の美しい景色が広がり、癒されます。
「艦砲ぬ喰ぇ残さー」は「艦砲射撃の食い残し」の意味で艦砲射撃を生き残った人を食い残しと表現しているそうです。作詞作曲の比嘉恒敏さんは対馬丸で父と長男を失い、大阪にいたとき空襲に遭い妻と次男を亡くされました。その後再婚され7人の子供に恵まれましたが、車を運転中、飲酒運転の米兵の車に正面衝突され、妻が即死、ご本人も4日後亡くなったそうです。
9月中旬の平日に訪問です。人は1人もおらず、めちゃめちゃ静かに穏やかな気持ちになりました。石碑はボタンを押すと音楽が流れて、歌詞を見ながら聞いていると思わずなみだが流れてしまう程素晴らしいです。
当時の歴史を知り、思いを馳せながら音楽を聴くと、言葉にならない気持ちになる。
復帰直前に飲酒運転の米兵の車に追突されて夫人共々犠牲となった比嘉恒敏が作詞・作曲し、その娘の4姉妹・でいご娘が歌った名曲「艦砲ぬ喰ぇー残さー」の歌詞が刻まれた歌碑。歌碑右側にあるボタンを押すとでいご娘本人が歌う音源が流れます。隣接するユーバンタの浜には澄み渡る青空の下、無邪気に遊ぶ子供たちの姿が。この平和な光景が今後も末永く続きますように🙏
先の沖縄戦、アメリカ軍は沖縄本島進行作戦手始めとして此処、読谷に上陸する事を目指し、徹底した艦砲射撃を浴びせました。そんな激しかった艦砲射撃にも撃たれる事も無く生き残ってしまった人達の嘆きを歌った『艦砲ぬ喰ぇ残さー』之碑が設置されてその歌を聴く事もできます。今はただ静かに佇む目の前の海を見ながら沖縄戦がもたらしたものや平和について感慨に耽ってみるのも良い機会かと思われます。
すぐ横にユーバンタ公園があり。駐車場はあるけど少しだけ。みんなが散歩してます。近づくと音楽が流れるようになってます。
沖縄の歴史も知れて、綺麗な海に癒される素敵な場所です🌊
ボタン押すと歌(沖縄民謡)が流れる。
戦争にまつわる歌碑です。歌も聞くことができます。美しい海や空をみながら、平和について考えることができます。
| 名前 |
艦砲ぬ喰ぇー残さー之碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
098-956-2326 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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【80年前沖縄は戦場だった】先の沖縄戦、アメリカ軍は沖縄本島侵攻アイスバーグ作戦の手始めとして、嘉手納、北谷、読谷に上陸する事を目指し、徹底した艦砲射撃を浴びせた。1945年4月1日の05:30、米軍は艦砲射撃を開始。10万発の砲弾。米軍が沖縄戦の艦砲で使った艦砲砲弾は沖縄の住民1人当たり400発以上だったと記憶している。家族やまわりの人を沖縄戦で亡くして生き残った人は、生き残っても苦しむ人生だった。まさに艦砲の食い残しとして生き残ってしまった人生だったのではないか。激しかった艦砲射撃に撃たれることも無く生き残ってしまった人達の嘆きを歌った『艦砲ぬ喰ぇ残さー』之碑が設置されてその歌を聴く事もできます。今はただ静かに目の前の海を見ながら沖縄戦がもたらしたものや平和について考えます。