織田信長ゆかりの美しい庭園。
凌雲寺の特徴
織田信長が幼少期に通った、由緒ある臨済宗妙心寺派のお寺です。
狭い中庭に流れる庄内川と連動した池の美しさが魅力的です。
稲葉地城跡近くに佇む、趣のある日本庭園が訪れる人を惹きつけます。
名古屋市中村区にある、500余年の歴史あるお寺。織田信長の叔父が建てた禅寺で、幼少期の信長は城からこの寺まで馬で駆け、書を習っていたそうです。よく手入れされた日本庭園は、とても美しくて格式を感じます。池のほとりには、記念碑が建っており、その記念碑横の松で信長は書いた書を乾かしていたとのこと。本堂は築150年ほど。そして入口の、皇太子のご成婚記念碑は大正天皇のものだそうで、端から端までみていくと歴史の記録が残る、興味深い寺です。
りょううんじと読む。織田信長の伯父信光の菩提寺。寺の南側に入り口があり駐車場もある。とても綺麗に手入れがされた庭園があり、その周りに紅葉がある。すぐ近くに稲葉地城址の神明社がある。今年は紅葉が遅いので11月下旬でもまだ3割程度でした。
市内では数少ない禅宗のお寺さんです立派な庭園と枯山水の中庭がありますあの織田信長が幼少のころ手習いに通った由緒あるお寺さんです庭園に池がありますが裏を流れる庄内川と連動して水面が上下するそうです立派なお寺さんとご縁が出来ましてありがたく思います。
京都のお寺じゃあるまいし、レビューしなきゃダメかなぁ。普通のお寺ですよ?ただ、歴史好きの方には織田信長と関係性のあるお寺ですので、一度訪れてもいいかと。私は、お墓参りで伺っただけです。
この寺は主人の会社の近くにありました。信長さんが幼少のころ、手習い(読み書き、そろばん)をしていた寺だということです。恐らく勝幡城から那古野城に移ってからこの寺に通ったのだと思われます。彼が手習いで真っ黒になった草紙を縛り付けたという古い松が本堂の前にあります。(でもこの松の木は3代目だそうです。)すぐ裏には庄内川がありますが、恐らく信長さんもその川で遊んだことでしょう。瓦も織田家の木瓜紋でした。また、信長さんを身近に感じることが出来ました。境内奥の墓地には、信長の叔父信光さん(稲葉地城主・守山城主)の墓があります。彼は、信長初の出陣「村木砦の戦い」で信長と共に今川義元と戦いました。生涯信長をずっと支えてきた叔父さんです。
臨済宗妙心寺派の立派な古刹です🥰
織田信長の伯父さん織田信光(後に改名 津田豊後守信光)が建立した、中村区稲葉地に凌雲寺名勝庭園、織田信長が幼少頃教育を受けた寺で信長が掛けた草紙の松と墓地に津田豊後守信光の宝印塔と、墓石に戒名が書かれています。
ここ凌雲寺は信友の叔父、信光の菩提寺。織田信光?だれ、それ?と思いながら検索してみるとこれがなかなか興味深い人物で、織田信秀(麒麟がくるでは高橋克典がやってた役)の弟で、身内との争いが多かった信長にとって、守り役の正秀亡き後、信長の心強い後ろ盾になった武士(麒麟がくるでは木下ほうかがやっていたらしい)だそうだ。駒札にはここで信長が手習いをしたとの記載があるが、信光との深いつながりからか。寺は市内の主要道沿いにあり、門前に数台分の小さな駐車場がある。都会の喧騒のある環境なのだが、境内に入ると閑かだ。境内はとてもきれいに整備されていてちょうど紅葉が美しかった。
立派な日本庭園が有る 信長手習いの松も。
| 名前 |
凌雲寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
052-411-6938 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒453-0057 愛知県名古屋市中村区稲葉地本通3丁目18 |
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兵庫県から車椅子の母を連れて親族のお墓参りに行きました。門は石段で敷居が高く、その間だけは親族で母を支え何とか歩かせましたがそれ以降は車椅子で何とかお墓近くまで行けました。(車椅子は抱えて門を通りました)掃除もとても行き届いていて、苔が美しく爽やかに綺麗なお寺さんでした。奥ばったお墓の前までは石畳は有りませんが、近くまで石畳が有り何とか車椅子で入ってゆけました。名古屋という都会の中ということを忘れさせてくれるお寺さんです。