明治の礼拝堂、旧浦河公会堂。
旧浦河公会会堂の特徴
明治時代に設立された歴史的な礼拝堂です。
浦河町から移設された貴重な建物です。
屋根の十字架が取り外された歴史があります。
2025·R7.10.4 建物内の写真を撮りたくて2週間で再訪です。急な階段ですが、資料などの展示物は2階にありますので、気を付けて上がってご覧ください。↓2025·R7.9.20 訪問。1894·M27年に浦河町(当時の萩伏村)に建てられたいわば"教会"です。1880·M13年に神戸で"北海道開拓会社 赤心社"が設立されて、翌1881·M14年から浦河近隣の"西舎村(にしちゃむら,1915·T4.4.1浦河町に編入)"や"荻伏村(おぎふしむら,1956·S31.9.30浦河町に編入)"に結社移民として入植しました(人や手荷物とは別に荷物は帆船で運びましたが、千島まで流されてしまい30日も遅れてしまったとか、土器類がほとんど壊れてしまったなど散々な入植だったらしい)。この"赤心社"の指導者の多くはキリスト教徒で、1884·M17年に「日曜学校 兼 会堂」が、1886·M19に「浦河公会」が組織され、1894·M27年に浦河町(当時の萩伏村)に二代目の 礼拝·集会所 として建てられ、1985·S60年に浦河町からここ開拓の村へ移築されたとのことです。今回は中まで入らなかったので、中の写真はまた今度です。事前申込みすれば、結婚式場としての利用も可能だそうで、利用したカップルの写真も展示されているそうです。
開拓の村にあるプロテスタントの公会堂。浦河に入植した赤心社が建てた教会だったものでアメリカのピューリタンの開拓に習って村の中心に建て開拓に従事したそうです。階段が急ですが2階に上がる事ができ上から教会内を見下ろすことも出来ます。結婚式を上げることも出来御結婚されたカップルの写真なども飾られています。「ゴールデンカムイ」に登場する建物のモデルになっている聖地で建物外観は入れ墨の囚人関谷がかつて娘と通っていた教会、内装はアㇱリパさんとソフィアの前で鶴見中尉がタイトル回収をした場所になっています。
北海道の開拓する会社が、1880年(明治13年)設立されて、翌年から入植されている☺️。移民として入植された多くは、キリスト教徒であり、会も組織されている。この会堂は二代目の礼拝、集会所として、1894年(明治27年)に、木造平屋建て、一部2階建てで、建てられている☺️。この建物は浦河町から1985年(昭和60年)に北海道開拓の村へ、移築復元されている👏。
いいですよ。
数年前まであった屋根の十字架が、何処ぞの団体からの苦情で取り外されたらしいです。キリスト教と言っても派閥とか、宗派とか色々ありますからねぇ。十字架に文句言う方もいるのでしょう。こちらの教会は札幌市内のホテルとの提携で結婚式を挙げれるとのことです。衣装や牧師の準備は某ホテルでしてくれるそうで、披露宴はそのホテルで出来るとのこと。教会の使用料は無料だと言ってましたので、一生に一度の思い出を作りたい方は、開拓の村の公会堂で教会結婚式はいかがでしょうか?
数年前まであった屋根の十字架が、何処ぞの団体からの苦情で取り外されたらしいです。キリスト教と言っても派閥とか、宗派とか色々ありますからねぇ。十字架に文句言う方もいるのでしょう。こちらの教会は札幌市内のホテルとの提携で結婚式を挙げれるとのことです。衣装や牧師の準備は某ホテルでしてくれるそうで、披露宴はそのホテルで出来るとのこと。教会の使用料は無料だと言ってましたので、一生に一度の思い出を作りたい方は、開拓の村の公会堂で教会結婚式はいかがでしょうか?
明治の実物の礼拝堂で、浦河町から移設されました。キリスト教開拓集団「赤心社」による浦河、荻伏への入植にともない建てられました。
| 名前 |
旧浦河公会会堂 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
011-898-2692 |
| 営業時間 |
[土日火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
〒004-0006 北海道札幌市厚別区厚別町50−1 野外博物館 北海道開拓の村 |
周辺のオススメ
旧浦河公会会堂可上2F拍照。