白石城で味わう歴史の景色。
白石城 天守閣の特徴
鬼小十郎まつりで賑わう白石城、歴史を感じる場所です。
105白石城は続100名城スタンプの設置場所として魅力的です。
3階からの眺望は素晴らしく、白石市街の夜景を一望できます。
白石城の天守閣(三階櫓)は、1995年に史実に基づいて木造で忠実に復元された建築物であり、白石城の象徴として訪れる人々を出迎えます。明治7年(1874年)に解体されて以降、約120年ぶりにその姿が蘇りました。この天守閣は三重三階の層塔型で、白漆喰で塗籠められた美しい外観が特徴です。最上階には四方に高欄が巡らされており、白石市街地や蔵王連峰を一望することができます。内部構造は、1階が武具の収納や戦時の移動を考慮した武者走り造り、3階は見張りや軍議に使われた物見櫓の造りとなっており、実用性と防御性を兼ね備えています。建築には吉野檜や青森ヒバなどの国産材が使用され、補強金具を一切使わず、伝統的な工法によって建てられています。漆喰仕上げの厚い土壁は耐火性にも優れ、耐用年数はおよそ250年とされています。
続日本百名城の白石城はJR白石駅から徒歩約15分です。スタンプは天守閣の中に入らないと押せませんので400円の入城料が掛かります。天守台は、野面積みの石垣となっており、蒲生氏時代に造られたとされます。台上には大櫓と呼ばれた三階櫓があり現在の復元櫓は石垣を積み直し、絵図をもとに木造で建てられたものです。天守閣からの景色は素晴らしいです。本丸から大手門にかけては打ち込みハギの石垣が並び、造られた時代の流れを感じさせ、城内の主な建物は、三階櫓、大手一ノ門、大手二ノ門でいずれも復元されたものです。お城の隣の公園には明治時代に活躍した第18代横綱・大砲(おおづつ)の銅像もあります。(現・白石市出身)私は仙台まるごとパス2日間を利用して白石迄出掛けました。1年前にはこのパスを使って、仙台城と多賀城を回りました。とてもお得な切符です。
1995年に大手一ノ門、大手ニノ門とともに木造復元された三階櫓。実質天守であるが、往時は大櫓と呼ばれていた。これは白石城は一国一城令の例外であったため、天守と呼ぶのを遠慮したためであるという。
【鐘堂と鐘】自石城鐘堂は、その脇に物日(祝いの日)に片倉家の白地黒鐘の大馬じるし、三階黒鳥毛などが立てられたと伝えられるが、発掘調査の結果等により、三階櫓(天守)東側のこの突出平場に建っていたと考えられる。もとの鐘は文正元年(一四六六)に鋳造されて、伊達郡東昌寺にあった。東昌寺は伊達家四世政彼が弘安年中(一二七八!八八)に建立した寺で現在仙台市に移っている。何時の時代にか白石城に入って、非常の際にき鳴らされていた。また毎年七月、回りの土手と堀の清掃の時には、この鐘を鳴らした。朝八時に七ついて仕事を始め、九時に五つ、十時に三つで終わる。侍と城下にいる足軽、その他持を受けている者が総出で派払いをした。長年使用したため、ひびが入ったので、寛文元年(一六六ー)、片倉三代景長が仙台の鋳物節早山彌五助に命じて再鋳した。それが戊辰戦争後、明治三年(一八七〇)白石城払い下げの時、ゆかりを知って伊達郡栗折町の唐来寺で買い求め、その由来を新たに記して使用していた。太平洋戦争中、古鐘であるといって保存させたので供出をまぬがれて傳来寺境内に現存している。
鬼小十郎まつりで伺いました。ここは眺めが良いですね。階段がかなり急傾斜になっていますので恐怖感ありました。
白石城と言えば思い出されるのは仙台藩主伊達政宗の家臣片倉小十郎。立派な天守で、白石市を一望できてとても良いです!白石城内ら甲冑や解説などのちょっとした展示もあり勉強にもなりました。
2022年3月の地震で被害を受け、2022年9月まで修理をしています。現在、本丸には入城できません。
片倉小十郎が入城していただけで☆5つ。三階の展望階からは白石市が一望出来ます。大河ドラマの独眼竜政宗の影響により注目が集まり1992年から復元が始まり1995年にこうしが完成した。
続日本100名城の105白石城スタンプ設置場所です。入館料が必要ですが、上からの眺めは良かったです。
| 名前 |
白石城 天守閣 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0224-24-3030 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
2025.10.5の訪問。白石城天守閣(三階櫓)は平成7年(1995)に造られた木造復元天守閣です。入場料は大人400円で3階からは見事な眺めを楽しめます。