気高い雰囲気を感じる浅間石。
青山の浅間石の特徴
青山の浅間石では、気高く厳かな雰囲気が感じられます。
ガラス質複輝石安山岩質の特徴的な溶岩塊が魅力的です。
ゴツゴツとした黒い溶岩石が印象的な史跡です。
スポンサードリンク
MY BEST STONE
スポンサードリンク
SUGOIDEKAI
気高く厳かな雰囲気を感じます。
スポンサードリンク
| 名前 |
青山の浅間石 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
青山の浅間石は、ガラス質複輝石安山岩質溶岩塊(コークス状の組織を持つ、ゴツゴツとした黒い溶岩石です)。大きさは、東西約3.2m、南北約7.8m、高さ約3.0mで中之条町指定天然記念物に指定されています。この巨岩は、天明3年(1783)7月8日の浅間山大噴火の際に発生した「天明泥流」によって運ばれてきました。当時の記録や絵図には、この巨大な岩が「熱を持ったまま煙を上げて、家屋や人馬を巻き込みながら流れていった」と記されており、当時は「火石(ひいし)」とも呼ばれて恐れられました。同様の巨大な流水岩は、さらに下流の渋川市川島(金島駅付近)などにも点在しています。なお、金島の浅間石は見学できます(画像参照)。周辺の土地は泥流によって完全に荒れ果て、元の豊かな田畑に回復するまでに約100年もの歳月を要したと伝えられています。かつては周囲にいくつもの浅間石が転がっていましたが、戦後の耕地整理などによって大半が取り除かれ、現在はこの地を象徴するこの1基が大切に遺されています。浅間山の山頂付近で大爆発が起きた際、山体崩壊(鎌原熱雲・土石なだれ)が発生し、火口付近にあった巨大な溶岩の塊や熱い火山灰が猛烈な勢いで北側の斜面を駆け下りました。これが吾妻川(あがつまがわ)に流れ込み、川の水を巻き込んで「火山泥流(天明泥流)」へとなりました。泥流は、吾妻川から利根川、江戸川へと200km離れた江戸まで流れてきました。寅さんで有名な題経寺(柴又帝釈天)墓地(北総線・新柴又駅のすぐ北側)には浅間山噴火川流溺死者供養碑(葛飾区指定有形文化財)が残されています。流から押し流されてきたおびただしい数の犠牲者(人馬や家畜)の遺体が、江戸川の河べりに漂着しました。これを哀れに思った柴又村の人々が遺体を手厚く引き上げて葬り、なんと噴火からわずか10日後(7月18日)に、当時の住職の発起によって供養碑が建てられました。更に下流の東小岩の善養寺には、天明三年浅間山噴火横死者供養碑(東京都指定有形文化財)が残されています。D'station中之条店の東側の道からアクセス可能ですが、吾妻線の踏切が狭く小型車がぎりぎりです。