本光寺参拝の後は、御城印を!
深溝城跡の特徴
本光寺の帰りに訪れやすく、アクセス良好な立地です。
幸田町郷土資料館で無料で御城印をゲットできます。
戦国時代から続く歴史的な城跡の魅力を体験できます。
現在は周辺の地形と、石碑と案内看板が残されるのみです。幸田町郷土資料館には模型が展示されていますので、往時の姿はそちらで見ることができます。
碑がありますが、そこが城趾というわけではなく、推定城域の一部という位置づけです。が、雰囲気はあります。
本光寺にの帰りにでもお立ち寄りください。
現在、写真を撮って近くの幸田町郷土資料館で見せると、愛史協30周年記念で無料で御城印が頂けます。
御城印を頂きに来ました。近くに本光寺があり、深溝松平家歴代の墓、廟があります。殿様の歴代の墓が一つの場所にあるのは大変珍しく貴重だと思います。
石碑と案内板がありました。遺構らしきものは確認できませんでした。山に登らなくてもいい、車を停めることのできるそこそこの広い道、どこかの敷地内ではないところはいいと思いました。
深溝松平氏菩提寺の本光寺さまと併せて訪れるといいかも。
三ヶ根駅前交差点の一個西の交差点を右折し、200m位で左折するとほぼ正面にこの碑が見える。他の戦国時代の城と異なり、平野の中にある。付近にある松平の城(形原、竹谷、五井)のバックアップの役目をしていたのかなぁ。
松平氏の城で、吉良氏と対峙した城です。現在は三協という会社の工場の脇に城跡の碑のみが建っています。
| 名前 |
深溝城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
2.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大庭氏によって寛喜3年(1231年)に築かれた事が始まりとされるが、正慶元年(1332年)と言う説もあり、正確な所は不明。安翔城主で松平宗家5代目当主である松平長親は、五井城主である松平元心(長親の従兄弟にあたる人物)に深溝城の攻略を命じ、元心は城主の大庭次郎左衛門を討ち取る事に成功する。元心はこの戦功を弟の忠定に譲り、忠定は深溝城へ入って深溝松平家を興した。その後も深溝松平家が代々支配していたが、慶長17年(1612年)に吉田城へ移封になると、板倉氏の支配下となり、後に陣屋になっている。現在は住宅街の一角に石碑と看板のみがあるのみである。