歴史ある星宮社、静かな杜で神秘体験。
星宮社の特徴
熱田神宮の元宮とされる小さな神社です。
立派なクスノキやイチョウがある鎮守の杜です。
10月に行われる祭礼は1000年以上の歴史があります。
星宮社(ほしみやしゃ、ほしのみやしゃ)。名古屋市南区本星崎町字宮西。旧村社。境内社の上知我麻神社(カムツチカマノ)と下知我麻神社(シモツチカマノ)は、延喜式神名帳の尾張国愛智郡に記載され、現在は熱田神宮摂社になっている同名社の元宮という説があり、式内社論社とされることがある。主祭神:天津甕星神(あまつみかぼしのかみ、別名は天香香背男(あめのかがせお)、星の神である)資料によると、創始は舒明天皇(629年から641年)の頃で、星崎城築城のとき、この地に移したと伝えられています。かつては、星崎の岬の最南端であり、里人のともす常夜燈が灯台の役目を果たしたと伝えられています。境内社のうち、上・下知我麻神社は宮簀媛命の父・母を祭神とし、熱田神宮内の両社も、もとはここにあったものといわれています。また、ここには伊奈突智老翁を祀り、縁起によればこの地に塩づくりを教えた人であるといわれています。文政5年(1822年)の尾張徇行記には、創建は「舒明天皇御宇の由申伝へり」とある。星崎庄(南野村)の項目では「南野隕石」に触れて、この隕石が落ちたので「星社(星宮社)」と呼ばれるようになったのではないかとし、星宮社は妙見信仰(妙見菩薩信仰)を重んじた大内氏末裔の山口氏が創建したものではないかとする考察を付している。ただし、考察の材料となる南野隕石は江戸初期に降ったものであるため、時系列が逆転し矛盾する。尾張徇行記は「愛知神名帳等に此社見へ侍ら子(ね)は」という別の理由から、この社は近世に祀られたものではないかとも付記している。天保15年(1844年)の尾張志には、舒明天皇9年(637年)、七星が天から降り、神託があったので、往古の千竃郷であった当地に社を建てたという社説が引用されている。同書は、古来当地に鎮座していた地主神は、星宮社ではなく上下知我麻神社であって、この社が妙見信仰に変質した時期が舒明天皇9年だったのではないかという考察を付している(境内社の上知我麻神社(カムツチカマノ)と下知我麻神社(シモツチカマノ))。尾張国の国内神名帳には、星宮社の神名は記載されていない。創建時の星宮社は、今の笠寺小学校のあたり(星崎城址)に建てられたが、織田信長が星崎城を築城する際、現在の地へ移されたとの説がある。現在の社地は、笠寺台地の「星崎の岬」の端部だった。笠寺台地は古代、松炬(まつきょ、まつご、まつこ)島(松姤島、松巨島)と呼ばれた場所で、尾張国造の乎止与命(上知我麻神社の祭神)の館があったという。とあります。境内社・上下知我麻神社について祭神:乎止与命(上知我麻神社)真敷刀俾命、伊奈突智老翁(下知我麻神社)本宮の裏手の山頂に、上知我麻神社と下知我麻神社の二社があり、一対で建稲種命(尾張国造)と宮簀媛命(日本武尊の妻)の親神二柱(乎止与命、真敷刀俾命の夫婦)を祀っている。二柱は尾張国造として東南の火高(現在の大高。氷上姉子神社の社地)に城館を構え、その子孫である尾張氏は熱田神宮大宮司家を務めた。尾張志及び尾張は、下社の祭神を真敷刀俾命と伊奈突智老翁の二柱としている。尾張徇行記は、星宮社の絶頂に「伊奈突智翁」を祀る小社があると記している。尾張名所図会は、本宮の裏手の山頂に「イナツヲキナノ社」を描いている。南区の解説では、知我麻神社は伊奈突智老翁を祀っているが、上下社のいずれであるかについては明言していない。伊奈突智老翁は、南区の解説では当地に製塩を伝来した人物である。尾張徇行記は、初めてこの地に土竈で堅塩(固形の塩)を焼く技術を伝来した人物で、その功に報いるために祀られた「土竈の祖神」であるとしている。尾張志は、伊奈突智老翁は当地に塩竈により海潮を焼く技術を伝来した人物を称える神名であるとしている。記紀に基づけば塩土老翁とするべきところを、伊奈突智老翁としているのは、中世より前の神名を継承している証としている。この辺りはかつての海岸線で、製塩が盛んだった。上知我麻神社及び下知我麻神社は、延喜式式神名帳の尾張国愛智郡に記載されている小社(式内社)である。星宮社摂社の知我麻神社は、熱田神宮摂社の知我麻神社とともに、この式内の知我麻神社の論社である。星宮社の知我麻神社を、熱田神宮の知我麻神社の元宮とする意見がある。とあります。
いつも静かで落ち着いている神社ですが、年に一度だけ賑わうのが、10月のお祭りです。暗闇の中、あちこちから山車が集まるのが荘厳華麗で素敵です。なんと260年以上続くお祭りらしく、毎年観れるなんて有り難いです✨️今年も楽しみです。
名古屋市南区本星崎町にある神社です。珍しい神社で星神である天津甕星(亦名天香香背男)を御祭神としてお祀りしています。また国常立命も御祭神とされています。社号標を見ると村社・式外・星宮社とされているので、素直に読み取ると式内社説がある上下知我麻神社とは創建は異なるようです。本殿から少し離れた西側に英霊社、本殿の西側に白山社・琴比羅社・天王社・神明社が、同じく東側に加具土社・軻遇突智社・霊社があります。そこから上下知我麻神社参道を登ると右側に建稲種命と宮簀媛命の父神である乎止与命を祀る上知我麻神社、左側には同じく母神である真敷刀俾命を祀る下知我麻神社があります。南区の解説に拠ると、伊奈突智翁は塩づくりを教えた人物となっていますが、上下どちらの社かは触れていません。言葉遊びですが、両知我麻神社の御祭神、おとよ・ましきとべ、をひと繋ぎにして読み替えると、しおまきとよべ、となります。参拝したあと、それまで小雨だった空が急に晴れ、雲間から太陽光が差し込み、両知我麻神社を照らしていました。
車では来れないので、基幹バスで来ました。
境内社の上知我麻神社と下知我麻神社は、延喜式神名帳の尾張国愛智郡に記載されて、現在は熱田神宮摂社になって、同名社の元宮という説があるそうですよ。
小さな神社ですが、熱田神宮の元宮という言い伝えもあり、上知我麻神社、下知我麻神社も祀られています。10月の大祭も、山車が六台も出て、特に夜は提灯の灯りが満載で、幻想的な美しさです。
とても静かで鳥の鳴き声が響き。神々しい空気が感じられました。
威厳と静かさと落ち着きのある由緒ある神社です。
とてもいい神社です。
| 名前 |
星宮社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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本殿の上に上・下知我麻神社があります。熱田神宮の摂社でもある上・下知我麻神社の元宮?近くに千竃通もあり、氷上姉子神社と同様にこちらが熱田神宮の元宮?