歴史感じる高根山の空気。
有松神社の特徴
高根山に鎮座する有松神社は歴史を感じるスポットです。
桶狭間の合戦に関連した松井宗信にゆかりのある神社です。
日清・日露戦役の忠魂碑があり、独特の雰囲気が漂っています。
凄く寂れており、神社というよりは空き地のような感じです。草などは定期的に刈られているようです。高台にあり一部の木が伐採されていることから、西側に目をやると桶狭間の戦いに関する城趾や砦跡が一望できます。それに関する説明板も設置されていました。古くなった設置物の整理が行われるようで、石碑などに市による貼り紙されており、所有者は名乗り出る旨の指示がありました。
こちらの神社は桶狭間の戦いに縁のある小高い山の上にあります。中学校の入り口の道から行くとかなり急勾配の坂を上ると左側に神社があります。神社から名古屋市内が見える高台なので何かしら桶狭間の戦いにも活用された場所かもしれません。
(説明板)桶狭間の戦い(1560年)のとき今川本陣(おけはざま山)の前衛として、幕山から高根山一帯に松井宗信(約1500名)が着陣し、鳴海城方面の織田軍の監視と本陣の防衛にあたりました。当時、高根山はこの辺りで一番高く(標高約55m)、鳴海城と周囲の織田軍の善照寺砦、中島砦、丹下砦を一望できました。善照寺砦に織田信長が到着したことを知り、中島砦から佐々政次、千秋季忠の陽動隊(300名)が高根山に向け攻撃を仕掛けました。松井宗信は、両武将50名ほどを討取り撃退しました。駐車場はありません。有松駅から歩いて行ける距離です。
桶狭間の合戦で今川氏につく松井宗信が陣を貼った高根山に敷地を持つ神社。その後は日進日露の戦没者の慰霊碑とかが建てられていたそうですが大東亜戦争の戦没者も合祀する神社としての創建は意外と新しくて昭和30年らしいです。ただ予想に反してお世辞にも立派な神社という感じではなかったです。山頂の砦だった場所だけあって見晴らしのいい場所でした。
歴史が感じられる。
高根山山頂、有松神社まで、自転車を降り自転車を押しながら大粒の汗を流しながら登ったのは、良い思い出です。高根山山頂、有松神社裏手からは名古屋駅方面や笠寺方面がとても良く見えます。しかし、高根山からは善照寺砦公園方面は、見通しが悪く、逆に善照寺公園からは高根山方面がとても良く見えます。桶狭間の戦い直前に今川義元本隊が大高城に入る前に一時的に休憩の場所として天然の要害かつ見晴らしが良く今川軍前線部隊が柵や簡易的な掘り等で補強した高根山を選んだ可能性があります。敢えて言うならば、桶狭間周辺は「甲相駿三国同盟崩壊」の始まりの地です。
高根山の山頂に鎮座、有松町出身の戦没殉難者をお祀りしています。桶狭間の戦い時に松井宗信が着陣したとされる場所。天気に恵まれると名古屋駅ツインタワーや松重閘門、養老山系などを一望できます。
日清・日露の戦役の忠魂碑があり、記念碑山と呼ばれていて、合併前の昭和30年5月、有松町の戦没者慰霊のため創建されたそうです。
名字と同じ名前の神社であり参拝してみました。
| 名前 |
有松神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
〒458-0911 愛知県名古屋市緑区有松町大字桶狭間高根39−53 |
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