桜が咲く、今が動き時!
栽柳園の特徴
八代市でお花見を満喫できるおすすめスポットです。
今が見頃の桜で彩られた風景が魅力的です。
桜が咲く季節の美しさを楽しめる庭園です。
桜が咲きますので今が見頃です。庭園らしく花や木々に手を加えて、植柳旧校舎を併せて「茶庭」にするなどをしたら風流な文化財になると思うのですが、市の方々どうでしょうか?栽柳園市指定文化財記念物(庭園)昭和四十五年八月十日指定栽柳園は「植柳お茶屋」と呼ばれ、細川家のお茶道役古市師の設計により、松井家お茶道方の徳永氏(古市師 の高弟)の作庭で、細川家古流の茶庭・書院庭として有名である。この庭の池水はもと球磨川からひき、その池をへだてて眺められる築山は駿河湾から富士山を望んだ景を模してあり、背景には九州連山の自然がとりこまれている。第十代八代城主松井章之は明治六年ここに隠居所をつ こんはるりゅ のうがく くって移り住み、章之は能楽(金春流)を好み邸内の能 舞台で稽古に励み、その全盛をきわめた。西南戦争には薩軍が一時陣営をおいた所で、明治四十 一年には植柳小学校の校地となり、昭和四十三年以来、 柳園保存会の手により保存されている。昭和五十七年十一月八代市教育委員会。
第九代の八代城代であった松井章之(てるゆき)が、明治六年(1873)に細川家の茶道役古市師に設計させ、松井家茶道方徳永吉澄(古市の高弟)が作庭した庭園です。章之(てるゆき)は、盈之(みつゆき)に家督を譲りこの地に隠居していましたが、能楽を好み邸内の能舞台で稽古に励み全盛を見たといいます。当時は、池のふちまで屋敷が建てられており、座敷から池を隔てて眺めた築山は、駿河湾から富士山を眺めた景観を模しています。かつては球磨川から池の水を引いており、堤防近くの水路を廻って、座敷正面の岩のところで滝となり流れ落ちていたそうです。また、栽柳園は西南の役では薩摩軍の本陣となり、その後明治四十一年(1908)には植柳小学校の校地となりました。また、昭和二十七年に球磨川の新堤防ができた際、堤防の桜は切られ、この敷地内の多くの樹木が移植された結果、庭園自体も小規模なものになっています。園内にあった建物は明治3年に廃城となった八代城内の建物の一部を移築したと言われ、明治41年にこの地が植柳小学校となったあとは三の丸に移築されましたが現在は残っていません。小学校の敷地内には渡り廊下など一部が残っています。昭和二十七年当時は戦後間もなく、人口が急増していた時代でもあり、庭園を縮小してでも学校用地を確保する事が急務だったと推察され、歴史的な価値を有するこの地を往時の姿で保存出来なかったことは残念です。現在の栽柳園を見ると、お世辞にも奇麗に手入れされているとは言えまない、寧ろ荒れ放題で説明版も十分ではありません。せめて市指定の名勝庭園らしく見えるようにしていただきたいなと思います。
| 名前 |
栽柳園 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0965-33-4533 |
| HP |
http://www.city.yatsushiro.lg.jp/kankou/kiji003391/index.html |
| 評価 |
2.7 |
| 住所 |
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モノ自体は良いけど、小学校の中にあるのでいまいち入っていいのかどうかわからない庭園へのゲートも閉じてある めちゃくちゃに蚊が多く管理不足が伺えるお茶の庭園らしいがおもてなしの心など全く無い ギリギリ延命措置だけされてる代物。