熊谷の歴史を感じる、心安らぐ境内。
報恩寺の特徴
明るくなった楼門が印象的で、歴史探訪にも最適な場所です。
静寂な空間の中に、重厚感あふれる本堂があります。
手入れの行き届いた庭で、心安らぐひとときを過ごせます。
曹洞宗熊谷山報恩寺の歴史。當山は戦後移転してきた寺です。1945年(昭和20年)8月15日は終戦の日。昭和100年 戦後80年を迎えマスコミは戦争のことを取り上げるだろうが、熊谷の地域ではお盆休み真っ只中。その最中に終戦記念日を迎える訳だ。お盆と終戦記念日が一緒なのは偶然だろうが、どちらも尊い命の御霊に感謝することに変わりはない。曹洞宗熊谷山報恩寺の前進は浄土宗の熊谷寺である。源氏源頼朝に仕えた平氏の武将熊谷次郎直実は、平敦盛を討ちその菩提を弔うために、法然に弟子入り、蓮生と名乗りこの地に庵を置いたのだ。(浄土宗)軈て蓮生も亡くなります。悲しんだ娘(姉妹の姉)の玉津留姫は父直実の菩提のため近くに墓を建立しました。(浄土宗)※建暦二年(1212年)に当寺を創建されました。鎌倉の時代から続く寺は江戸の時代に報恩寺と名を変えた。その後、曹洞宗に改宗をし寺は熊谷市上之の龍淵寺の末となる。寛永元年の1624年のことで上之の龍淵寺第14世萬矢大拶禅師があらたに曹洞宗の寺院として改宗をしたのでした。昭和の時代、曹洞宗龍淵寺未の報恩寺は空襲で灰燼に帰すこととなる。現在の熊谷郵便局(本局)の辺りだ。熊谷の街の復興に伴ない墓は現在の斎場の方に移転、このような変遷に歴史があることを知ってほしいです🙏歴史をふまえて星印⭐️4個としました。R7.2.13.R7.4.4.曹洞宗熊谷山報恩寺を訪ねて釈迦牟尼佛の御朱印を頂きました。
熊谷直実ゆかりの寺。直実は浄土宗の僧だがこちらは紆余曲折を経て曹洞宗となっている。道路沿いに建っていた石柱には開基玉津留姫とあるがどのような人物なのか不詳。広大な敷地と大きな本堂で豪勢な感じがする。山門と荼吉尼天を祀る袖引稲荷はできたばかりの真新しい佇まい。
楼門が出来て明るくなりました。
熊谷市の仏閣を回っているが、境内の面積は別にして、その伽藍の壮大さは筆頭であろう。街道沿いの門柱から大きく、左右を同時に撮るのに街道を渡るはめになった。近年になって改修された山門は、表側に狛犬(?)、裏側が風神と雷神になっていた。鐘楼も現代的で洋風である。静かな禅寺の趣きがあり好印象なのだが、寺の所有か分からないが、吠えまくる猛犬にはびびったので減点した。
法事で利用庭がきれいもちろんコロナ対策して入場。
義母の四十九日の法要を無事済ませる事が、出来ました!
法要の際に、椅子使用。かなり広いのでソーシャルディスタンスは、OKでした。
境内が広く重厚感溢れる造りの寺院でした。鐘つき堂の造りが西洋風で変わっていました。
静寂な空間です。
| 名前 |
報恩寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
048-525-8000 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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お盆の日はふわふわのかき氷が無料で食べられます。