美しき獅子と御朱印、希少な神社。
神峰神社の特徴
桜柄の御朱印がいただける、特別な神社です。
獅子(ライオン)の狛犬が鎮座する、珍しい神社です。
日立風流物が有名で、ユネスコ無形文化遺産に登録されています。
何年振りかで参拝。平日お昼近く、参拝されている方は数組でした。ちょうど御祈祷されている時間だったので、御朱印は書置のものをいただいてきました。国道沿いですが、とても静かです。
平日午前中に参拝させていただきました。とても綺麗に整備されています。12月10日時点では、御朱印は書置きのみでした。また、オリジナルの御朱印帳は売り切れてしまったそうで、年明けにまた入荷とのことでした。
どう見ても駒ライオン?がいます。書き置き御朱印あり。
土日は営業時間ではないとgoogleマップには書かれていますが、土曜日に訪れたら社務所がやっていました。感じの良い宮司さんが対応してくださいます。ライオンのコマ犬?がありました。
神玉巡拝の六社目として訪れました。かみね動物園の隣に位置しています。神社裏手の駐車場に車を停めたものの、そこが動物園の駐車場だと知ったのは帰宅してからです。料金が発生したり動物園側から注意をされたりもなかったので、動物園が混雑していない時であれば、そちらに駐車しても特に問題は無いかと思います。その駐車場から境内に向かう際、裏参道である竹林の細道を通ることになります。趣があって良い感じです。年初だったからか、拝殿の手前に茅の輪が設置されていました。参拝を終え、限定の黒神玉と御朱印を拝受しました。境内は広くなく見どころも多いとは言い難いですが、印象の良かった一社だと記憶に残っています。
桜詣の御朱印を頂きに。駐車場は神社の裏手にありますが少しわかりづらいです。かみね公園の駐車場を利用しましたが、頂上からは10分ほど歩くので、行きは下りですが、帰りは結構登ります。千人桜にシールを貼らせてもらいました。限定桜の御朱印、書き置き1000円也。
イザナギ、イザナミ、そしてアマテラスとスサノオが誓約をした際に生まれたクマノクスヒがご祭神で、御神体がイザナギとイザナミが大地をかき混ぜたときの「天沼矛」という珍しい神社です。オマイリマンシール付きのイザナミの絵が入った見開きの御朱印がいい感じで、通常の御朱印は持参の御朱印帳に直書きして頂けました。神社南側の坂道を通って裏側にある駐車場に車を停めましたが、途中光の当たり方で前が見づらく坂道のカーブ近くにある木にぶつかりそうになりました。道路にはみ出てる木があるのでご注意を。
立派な神社です。日立駅付近に泊まり、9時過ぎに到着しましたが、授与所は10時からとの事で、今回は、参拝と写真だけ撮ってきました。公園側の広い駐車場に停めてしまいましたが、神社の駐車場もあるようです。
神玉を頂きにあがりました。かみね公園の入口すぐ、車1台分の細い急坂を上がって行きます。七五三のご祈祷されている方がいらっしゃいました。
| 名前 |
神峰神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0294-21-0609 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 10:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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神峰神社は、JR日立駅の北西2.3kmほどの日立市宮田町に鎮座している神社です。旧社格は郷社です。日立市のシンボルである神峰山(かみねやま:標高598m)の山頂(奥宮)と麓(里宮)に祀られていて、古くから地域の人々に厚い信仰を寄せてきました。正長元年(1428年)神峰山の山頂に社殿が建立され創建されましたが、一時期は山の中腹に遷座した時期もありました。元禄元年(1688年)当時流行していた疫病を鎮めるため、再び霊験あらたかな山頂に奥宮が遷されました。また、参拝の利便性を考慮し、現在の里宮がある場所に「遙拝殿」が造営されました。元禄8年(1695年)水戸藩2代藩主・徳川光圀(水戸黄門)の命により、神峰神社は宮田・助川・会瀬の3カ村の「総鎮守」と定められました。これにより、地域の中心的な祈願所としての地位が確立され、現代まで続く大規模な祭礼の基礎が築かれました。主祭神は、伊弉諾命(いざなぎのみこと:国生みの神・夫婦和合の神)・伊弉冉命(いざなみのみこと:国生みの神、縁結びの神)・熊野櫲樟日命(くまのくすひのみこと:厄除け、諸願成就の神)で、「円満」や「縁結び」、「家内安全」の御利益で知られています。里宮の境内には、日立製作所の創業者・小平浪平や、日立鉱山を開発した久原房之助の頌徳碑があり、日立市が工業都市として発展してきた歴史との深い関わりを感じさせます。また、山頂の奥宮への参拝は「プチトレッキング」としても人気があり、ふもとの里宮と山頂の奥宮の両方を巡る「両参り」をされる方も多く見られます。7年に一度(数え年)『大祭礼』が開催されます。この祭礼で奉納される「日立風流物(ひたちふうりゅうもの)」は、高さ約15mの巨大な山車の上で繰り広げられるからくり人形劇で、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。元禄時代の総鎮守指定を祝って始められたこの祭礼は、日立市の伝統文化の象徴です。神社のある「宮田(みやた)」という地名は、かつてあった常陸国の多賀郡(たがぐん)宮田村に由来します。明治22年(1889年)宮田村・滑川村が合併して、日立村が発足しました。大正13年(1924年)日立村が町制施行して日立町となりました。昭和14年(1939年)日立町・助川町が合併して日立市が発足しました。昭和30年(1955年)多賀町・日高村が日立市に編入しました。昭和31年(1956年)豊浦町が日立市に編入ました。平成16年(2004年)十王町が日立市に編入しました。元禄8年(1695年)水戸藩2代藩主・徳川光圀が神峰神社に参拝した際、宮田の地から海上に昇る朝日を眺め、「日の立ち昇るところ領内一」と称賛しました。これが現在の市名「日立」の由来になったと伝えられています。