本覚寺の壮麗な山門、訪れずにはいられない。
山門(仁王門)の特徴
身延山の久遠寺に由来する日蓮の遺骨を分骨した碑です。
東身延とも呼ばれ、その霊的な意義が特に評価されています。
見学しながら日蓮大聖人の歴史を学ぶことができるスポットです。
二階建ての重厚さを感じる山門。入母屋造、桟瓦葺で、桁行三間、梁間二間の楼門。軒下には二軒垂木、出三斗が見られる。上層に高欄が設けられ、初層の脇間に仁王像が立っている。山門は、三浦半島の寺院にあったものを明治初期に移築したとのこと。文化庁のサイトでは、1855年の建立と紹介されている。関東大震災では倒壊、焼失を免れ、修理だけで済んだ模様。国の登録有形文化財(仁王像は登録されていないようだ)。門前には、「南無妙法蓮華経・東身延」の大きな石塔が建てられ、鎌倉市の案内板が設置されている。案内板により、本覚寺の歴史等を知ることができる。
令和7年11月14日に元八幡から報国寺へ向かう途中で、見事な門構えに目が留まりました。
本覚寺の山門(仁王門)で三問一戸の八脚門で入母屋造り本瓦葺きの楼門になります。一階部分の正面と通路面に連子窓を嵌める両脇間に、素地造りの仁王像が安置されていて脇間の後方部分は吹き抜けになっています。二階部分は三問造りの部屋になり、中央間は板唐戸で両脇間は連子窓になっています、床面には高欄・擬宝珠付きの縁を廻らしています。
北側の門が立派だなぁと思っていたら、こっちにもっと立派な山門があって驚きました。
近くに有る「ふくや」の帰りに立ち寄りました。立派な仁王像があり、境内も綺麗です。
身延山の久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨したため「東身延」とも呼ばれる、その碑。
日蓮大聖人の遺骨を分骨。
身延山の久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨したため「東身延」とも呼ばれる、その碑。妙厳山本覚寺の山門の側にあります。現在の本覚寺の山門がある場所の前には、夷堂と呼ばれる堂があった。佐渡配流から帰った日蓮が一時、この夷堂に滞在し、辻説法などの拠点としていた。日蓮にゆかりの夷堂を日蓮宗に改め本覚寺を創建したという。 後に身延山を再興した第2世の行学院日朝は、身延山への参詣が困難な老人や女性のために、身延山より日蓮の遺骨を分骨して本覚寺に納めた。本覚寺が「東身延」と呼ばれる理由である。
| 名前 |
山門(仁王門) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
鎌倉駅に行く道中に見かけた大きな山門境内は立派なお寺の本覚寺となっています!