最先端の明延鉱山跡へ。
プレコン団地の特徴
明延鉱山坑道入口を超えた場所にあります。
昭和30年代には人口が約4000人もいた地域です。
横に空き地があり、訪れやすい立地です。
最先端だった建物が残る場所です。
早い時間帯から、工事関係者の方がトンネルの先(後)で待機されて、道路状況などを説明されてましたが、私は学習館側でしたのでそちらで撮影してましたが・・・帰りには工事関係者の方々の時間が来ていたようで・・大型車両が待機されてました。 「本当に申し訳ございません」でした m( )m道路沿いに建ってたので、道路脇正面に玄関があると勝手に思ってたら・・側面(サイド)にありました^^;1階と2階は別でした。
2024/10/21日本有数の鉱山町として賑わった明延鉱山、最盛期は約4000人もの人がこのあたりに住んでいて毎日がお祭りのように賑わっていたらしい。当時の人々が暮らしていたアパートが一部残っている。季節は秋、訪れたのは夕方でこの街に来てから人に出会っておらず廃墟感激増し。この建物はあえて残されているのか、解体などできず放置されてるのか気になりました。
明延鉱山坑道入口を超え、走ると右手にひっそりと建っています。生活感無く、朽ちゆくコンクリート住宅。日本の高層マンションの祖型です。何時までも残していただきたい重要な産業遺産です。
2023/08「明延鉱山跡:プレキャストコンクリート団地」神子畑選鉱場跡:生野銀山と並ぶ昭和62年に閉山となった「明延鉱山跡」の遺構を見学に…昭和30年代の最盛期には、4000人以上の住民(鉱山関係者)が生活し、当時の鉱山周辺は大いに賑わってたらしい!狭い通りには商店跡が残り昭和レトロ感100%✨鉱山関係者は無料で「浴場🚿」に入れ「映画館🎬」「劇場🎤」も完備され、劇場には「都はるみ:村田英雄」など大物歌手のイベントも多数有った見たいですープレコン団地(通称)は、2階建てで、もちろん1階と2階は、別々の住居になり、1階は左側面に玄関、2階は正面階段を上り右側に玄関…1階の住居跡の室内が見学出来き、室内を見渡すと、2Kの間取りに玄関右側に浴室とトイレ、コンクリ製の洗面所が設置され、和室は4.5畳×2部屋の感じでしたね🏚※1番奥のプレコン団地「1階」は鍵が掛かって無いので、普通に室内に入れます、特に「床:畳」の凹み倒壊は無いので大丈夫でしたね🤔この部屋の住人は2012年頃まで住んでたらしく、部屋には懐かしい「象さん掃除機🐘」が残されてました✔️建物の裏側には納屋も有り、雑多な物品が転がって〰️
駐車場はありませんが、横に空き地があります。ここ人住んでます?管理人さん?裏に何か干してあったり、植木鉢を飾ってあったりと気配がありました。
日本一の錫の鉱山である明延鉱山のある明延は、最盛期の昭和30年代には、人口が約4000人、世帯数が約1200にものぼったと言われています。その住宅の一部がこのプレコン団地です。コンクリート造のプレコン団地と木造の北星長屋を合わせて、北星住宅と呼ばれています。今は、当時の一部が残っていますよ☺️
明延地区には、ここと北星長屋住宅奥 坂ノ谷バス停付近に残っています。
| 名前 |
プレコン団地 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://www.yabu-kankou.jp/wp-content/uploads/hokuseisyataku.pdf |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
「養父市:プレコン団地」2025年11月にバイクツーリングで立ち寄りました。明延では、昭和20〜30年代にプレコン工法で建てられた社宅が「プレコン団地」として残っており、戦後の住宅史や地域史の一端を伝える近代建築遺産として注目されています。プレコンの正式名称は「プレキャストコンクリート工法」と言います。あらかじめ工場で鉄筋コンクリートの柱や壁となるコンクリートパネルを製造し、それらを現地に持ち込み建てる工法で、いわゆるプレハブ工法です。昭和29年、北星地区に8棟(住宅16戸)のプレコン社宅が 建設されました。社宅台帳では 15 号から 22 号と呼びます。これが明延で最初に作られたプレコン社宅であり、日本最古級のプレコン建築です。プレコンは、工場で作った鉄筋コンクリート製の柱やパネル を現地に輸送して、鉄筋コンクリートの基礎の上に組み立てます。工期が短く、 火災にも強いという利点があります。マンションの祖型ともなりえる近代的な設計が行われています。プレコン社宅は妙見地区、観音町地区、坂ノ谷地区にも建設されました。昭和30年に明延病院、昭和32年に協和会館が同じ工法で建築されました。結果、明延は全国でも有数のプレコン 都市になりました。鉱山社宅には、現地採用の労働者が使う鉱員社宅と本社採用の職員(転勤族)が使う職員社宅の区別があります。北星社宅 は鉱員社宅です。当時の姿を伝える鉱員社宅は全国的にもほとんど残っていません。見なれた長屋やプレコン建築がある明延の風景は、全国的にも大変重要な鉱山景観です。