阿弥陀如来の朱印を。
光明寺の特徴
参拝すると感動する大きなお地蔵さんが鎮座しています。
本尊の阿弥陀如来の朱印を頂ける貴重なお寺です。
敷地内に和香会館があり、法事にも対応しています。
久保山霊堂前バス亭の目の前にあるお寺さん玄関口に菩薩像があり行き交う人々を見守りされている悪霊退散!因果応報!諸行無常!馬耳東風!右往左往!焼肉定食!SUNSUNGOGO!(四文字熟語)どちらにせよありがたいねぇ369( ・ิω・ิ)4649♪
かなり大きなお地蔵さんが鎮座しています。江戸時代に作られたものだそうで、迫力がありました。また、東京裁判によって処刑された方々の慰霊碑がひっそりと立っています。
法事で訪問させて頂きました。コロナ中丁寧に対応して下さりありがとうございました。
いつもお世話になっています。
交通の便(バス停)も良く、本堂前の駐車スペースも十分です。
2019/03/15参拝横浜市内三十三所観音霊場十番札所横浜市内三十三所専用の朱印はなく、本尊阿弥陀如来の朱印を頂きました。
明治の初めに出来た、久保山では古い方のお寺ではないかな。浄土宗です。吉田茂の弟さんかなんかが、土地を買って建てたとか。法事の待合室は、小田原御用邸の書院をいただいて作ってあります。本堂には立派な龍の天井絵があります。
東海道本線”保土ヶ谷駅”に南東側に有ります。
敷地内に和香会館があります。
| 名前 |
光明寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
045-231-5875 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 6:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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浄土宗のお寺で吉上山慈眼院光明寺といいます、御本尊は阿弥陀如来(三尊形式)です。横浜三十三観音霊場の第十番札所になりますが、観音霊場御本尊の朱印は無く対応はしていないそうです。明治十一年(1878年)に鎌倉材木座の光明寺の教会所として小さな道場が建立された、鎌倉光明寺の第九十八世住職である馨誉玄信上人が横浜市の石川町七丁目に存在した御本尊聖観世音菩薩を安置する観音堂を継承し、徒弟である尼僧の野瀬妙音に寺務をとらせ観音講社を結び布教に努めたことが始まりである。明治二十一年(1888年)横浜の事業家吉田健三氏(吉田茂の養父)から境内地の移転の提案があり同じく事業家の上郎幸八氏が賛同し現在地の久保山に寺院が建立されました。明治三十一年(1898年)に全てが完備された光明寺でしたが寺院建立の届け出を役所に提出していなかったため、吉田茂氏や上郎幸八氏が中心となり浄土宗大本山鎌倉光明寺の末寺で鎌倉長谷にあった「慈眼院」というお寺の名称を移転するという願い出を神奈川県に提出し、翌年の明治三十二年(1899年)に許可され「吉上山慈眼院光明寺」として正式に認められました、なお山号の「吉上山」は吉田家と上郎家から一字づつを頂いたものです。大正十二年(1923年)の関東大震災で書院・庫裡・鐘楼が倒壊し本堂は傾斜してしまった、その後小田原御用邸の常宮御座所を移築している、国の登録有形文化財となっています。山門前左側の地蔵堂に昭和七年(年)に秩父の山の中に祀られていた像高約二メートル七十センチの地蔵菩薩坐像を移して安置しています。