木古内の坊の物語を体感。
木古内の坊の特徴
津軽海峡と函館山が見渡せる絶景スポットです。
国道228号線沿いに立つ石像が目を引く場所です。
郷土資料館で紹介される木古内の坊の歴史にも触れられます。
木古内町のホームページで、坊の物語を読んでから行くと、とても感慨深いと思います。
小さな東屋が併設されています。
景色のいいスポットです。青森が見えます。
みそぎ浜の北、約800メートル、国道228号線から道道5号線が分岐する地点の海側の開けた場所にあるので目にはとまりますが通過してしまいがちです。特に詳細な説明もないので「何もない」的な意見も多いですが、木古内の人々によって語り継がれている「木古内坊物語」を知って欲しいです。木古内町観光協会のHP内のリンクから中村純三著「木古内の坊物語」を読むことができますが、なんとも物悲しくも、純粋な心を持った木古内の坊が貫いた真摯な生き方に胸熱になりました。物語を要約するのは難しいとは思いますが、この場所にも詳しい説明板があれば良いと感じます。
郷土資料館で木古内の坊の話を読みました。
Nơi đây rất đẹp
頑張ったね🔥
普通の場所ですよ。
なーんもない。駐車場への入り口が交差点の近くなので、注意しないと通りすぎてしまう。像の後ろの岸が、漂流物のゴミだらけ。
| 名前 |
木古内の坊 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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JR・道南いさりび鉄道の木古内駅より車で5分。徒歩14分。日本海追分ソーランライン/国道228号線沿いに建つ石像。多くの町民の志と寄付で平成18年(2006年)に、「木古内の坊」の像が建立されました。津軽海峡を背にして穏やかで無表情な顔で立っている。周辺は未舗装な公園。❬木古内の坊❭明治になって間もない頃 木古内村に一人の男の子が生まれた。家は貧しく、父は盲目で、か細い母親が頼りであった。その名は、川又友吉。幼くして父と同じく目を患いながらも、雨の日も風の日も付け木(マッチ)を売り歩き、自ら生活を支えていた。誰にでも正直に、誰よりも家族を大切にどこまでも純粋な心をもって43年の人生を生き抜いたという。その真摯な名な生きざまは地域の人々に語り継がれ 今でも、「木古内の坊」として親しまれているそうです。友吉はイワシかごに、付け木の束をぎっしり詰め、左右の手にも下げて付け木売りをはじめた。冬が間近に迫っていたので漁場は閉ざされていたが、大がいの家で快く付け木を買ってくれた。「いいことをはじめたなあ、一生けん命やれよ」と励まして、五厘の束を一銭で買ってくれる人も多かった。しかし、食べ物と違って付け木は一度買うとそうすぐにはなくならないので飛ぶように売れるというわけにはいかなかった。そこで、友吉は遠くまで歩かなければならなかった。ボロボロのドンジャ(刺し子)に荒縄でイワシかごを背負い、雪道をのっしのっしと歩く姿は仁王様のようであった。坊が村へ帰って来ると、悪童連がいち早く見つけて「シズ家のコンビ、カラスに団子」とはやし立てた。子供たちに はやされても坊はニコリともせず、子供たちを無視してのそりのそりと歩き続けた。家へ帰ると背中のイワシかごをおろすより早く、ふところをまさぐって、食べずに持ち帰ったごちそうを父親に食べさせるのであった。「おうおう、こったらにうめえごちそう、始めてだ。うめえなあ。」という父親の言葉を聞くと、友吉はその日の疲れが一ぺんにけし飛び、思わず口のあたりに微笑がわくのであった。*以上 説明文より抜粋しました。「木古内の坊」の精神は木古内の人々によって今も語り継がれています。