高津の高台に眠る、弟橘媛の古墳。
子母口富士見台古墳の特徴
住宅地に隣接した静かな公園で、安らぎのひとときを提供しています。
高台からの心地良い風が、訪れる人々を癒してくれます。
六世紀に造られた弟橘媛陵の古墳があり、歴史的な魅力があります。
弟橘媛の御陵がこの公園内にある子母口富士見台古墳にあったという社伝が近くの橘樹神社に伝わっています。古墳そのものは、宅地開拓のため、古墳は裾を大きく削られていますが、それでも墳丘高三・七メートル、墳丘径十七・五メートルの頂の部分が小山のように残っています。とは云え、簡単に登れる小山がそのまま公園になっています。
高台の住宅街にある古墳。日本武尊の彼女、弟橘媛が祀られているという伝承があるそうな。海が荒れたときに弟橘媛が海神を鎮めるために身を投げた、という話の舞台は東京湾だったのか。つまり、このあたりの低い土地は海だったのだなぁ、ということを思いおこさせてくれます。
本来の橘樹神社の神様、弟橘媛の古墳。倭建命の御妃様の弟橘媛様の古墳で、弟橘媛様の亡骸ではなく浦賀水道で入水した時の遺品が、当時は神社の丘の眼前に広がる平野部まで海が迫ってたので髪飾りが流れ着いたのを埋葬した子母口富士見台古墳頭頂部から200mの山裾の遥拜所に位置する神社。川崎市役所が宅地開発許可してしまい古墳は頭頂部を残すのみ。しかし橘樹神社辺りまで埴輪が出土しているので、周辺住宅巻き込む範囲で半径200m級の自然の山を裾切りし空堀で掘り出した巨大円墳だった状況証拠が有るが、文化財を近年まで蔑ろにしてきた川崎市教育委員会は頭頂部のみ富士見台古墳の様な説明看板で責任逃れの粉飾をしている。
住宅地にある 静かな公園でした。
古墳があるなんて知りませんでした。
高台にあって、風が気持ちよかった。
橘樹郡の有力者の墳墓で、橘樹神社と関係ありと思われますが不明です。一部が失なわれてますが大事な遺跡です。
直径17.5mの円墳。この古墳を弟橘媛の墓とする伝説があり、『江戸名所図会』は、海上で災いにあった弟橘媛の遺品(櫛という説)を土中に埋めた旧跡は、神社から東へ200mほどのところにあるとします。だとすると、子母口貝塚のあるあたりということになります。その子母口貝塚は県史跡で、この一帯は、豊かな歴史的ロマンがあふれています。
弟橘姫のかんざしが埋められているそうですが、もう掘り起こされているでしょう。ここはもともと前方後円墳でしたが、道路を作る関係上、一部削られてしまって、今は円墳だけです。よく子供が遊んでいます。
| 名前 |
子母口富士見台古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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高津の散歩道、第三報。橘樹神社の次は子母口富士見台古墳へ、高台の立派な円墳でした。古事記に出てくる倭健命と弟橘媛命の伝承の遺る地域の古墳でこの地が江戸湾岸の重要な土地であったと想像されます。ご先祖様に感謝。