秋木創始者の偉業を知ろう。
井坂記念館の特徴
旧料亭金勇の近くに位置し、気軽に訪れることができる歴史博物館です。
明治時代の井坂氏による木材産業の革新を展示した地域文化の拠点です。
秋田木材株式会社創立の背景を学べる、貴重な資料が揃っています。
井坂直幹(なおもと)さんの記念館。元々栃木の人で、貧しい中慶應に入り、首席で卒業。頭脳明晰なだけでなく恐らく人柄も含め福沢諭吉にも一目置かれていたそうです。日本のためにと木材に目をつけ、秋田杉の製材を近代化し、日本だけでなく植民地にも広げたのだとか。近代化にあたって、イギリスやドイツの機械を輸入したそうですが、カタログを自分で読解、自分で作動させ、教えていったそう。富岡製糸場では、フランスから日本人の何倍もの給料を払い特別な住まいを用意し技術者を招致したのに比べると、なんと安上がりか!それも井坂さんの能力故で、驚きました。また能代は元々、木材の製材は人力で伝統的な方法があったため当初反感をくらい、5回も襲撃されボコボコにされたエピソード、また機械を電気で動かすのに発電まで廃材などで行(バイオマス発電)っていたそう。その熱意に、能代、秋田だけでなく全国に協力者が現れるなどとても面白い展示でした。解説は館長さんが丁寧にしてくださいます。元々教員で、引退後古文書も読めるようになり、井坂さんの文書も解説をつけたとか。とにかく面白いので、十分な時間を確保していかれることをお勧めします。また、関連資料が道の駅二ツ井にもあります!木材に関してだけでなく、秋田県や佐竹藩の産業のことまで教えて頂いたのですが、後で二ツ井に行くとより理解が深まりました!ありがとうございました。
能代駅から徒歩10分、御指南町の井坂公園内にある「秋田木材株式会社(秋木)」の創始者、井坂直幹氏の偉業を顕彰する記念館です。木材産業の近代化に尽力、能代を東洋一の木材都市と呼ばれるまでにした氏の遺品や木材産業の歴史、木材関係の文書資料、民俗資料などが数多く展示されています。興味深い展示が多く、スタッフの方に分かりやすく説明もいただきとても勉強になりました。戦時中に製造された航空機用の木製プロペラが展示されていていましたが、木製の機体とともに実用化はされなかったとのことです。何れも一見の価値あり、もっと知られてほしい秋田の偉人でした。
以前旧料亭金勇に行った時に、冬期は休館のこちらの記念館の展示がされており、記念館の存在を知りました。いつか行ってみたいと思っていたのですが、コロナ禍で二年以上も訪れることができませんでした。ですが今回念願かなって行くことができました。一階が昔の木材業に関する展示で、二階が木都能代の基礎を作った水戸藩出身の井坂直幹の展示になっています。記念館に興味を示さない同行者を待たせていたために駆け足になってしまいましたが、記念館自体の広さに対して展示物がかなりある印象で、どちらかと言うと田舎というイメージだった能代にこのような進んだ考えを持った人物がいたことに驚きました。大正天皇と昭和天皇が皇太子時代に能代を訪れた際にお座りになったという椅子もあります。記念館の外の公園内には、再建された井坂直幹像(当初は全身像だったが、再建後は胸像。土台は当初のものだそう。)があります。期待以上に私は楽しめました。
木都能代の基盤を築いた実業家の記念館です。開館日が火木土(AM9時~PM4時)で冬季は閉鎖しますので、館内を見学するのは難しいです。私も休館日に来ましたので中は見ていません。場所は入り組んだところにあり、カーナビがないとたどり着くのは難しいかもです。駐車場はありません。
井坂氏は明治の半ばに来能し、木材産業の近代化の新しい波を導入し、井坂氏が創立した秋田木材株式会社を名実ともに東洋第一の規模に育てあげました。それがまた在来の地元業界を刺激して、その改善発展を招来して木都能代の基盤を確立するに至りました。秋木工業では、井坂氏と能代市民との深い因縁を考慮し、市内御指南町の旧井坂邸跡地を能代市に提供、その活用法を申し入れ、そのご秋友会が主唱してこの邸内に井坂氏の胸像を復興しました。また、能代市は、井坂氏の遺徳を顕彰するため、昭和47年先生の遺品と木材産業史資料を収集展示する井坂記念館を開館しました。
| 名前 |
井坂記念館 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0185-54-1289 |
| 営業時間 |
[土火木] 9:00~16:00 |
| HP |
https://www.city.noshiro.lg.jp/res/kanko/views/shisetsu/1077 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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秋田県能代市指南町25井坂公園内JR東日本能代駅から徒歩10分4月から10月までの火木土開館(電話連絡を入れるとスムーズになります。)入場無料木都能代の父として讃えられている井坂直幹の偉業を伝えるため1972年に当館設立。井坂直幹は1860年水戸生まれ、慶應義塾にて学び、在学中は夏目漱石に認められて同氏の書生をしていました。優秀な成績で卒業後は時事新報社で編集、翻訳を担当。その後、大倉喜八郎、藤田伝三郎の共同事業日本土木会社に参加。大倉組庶務課長を務め、林産商会へ移り1889年に能代へ。そしてその半生を能代の発展のために尽くしました。井坂の業績は、これまでの人間の手によって行われていた木挽製法から近代的手法による機械製法への転換を提唱し、それを実行した事が挙げられます。自ら興した秋田木材株式会社の支店を全国に設置したほか、関連産業として電気、鉄工事業も手がけ事業を拡大し、能代市の木材産業発展に大きな役割を果たし、能代市は東洋一の木都(もくと)と呼ばれるまでになりました。また、井坂奨学会を設立し地元の少年に学資を貸与することで人材育成にも貢献。これらの活躍から井坂は「木都の父」とも呼ばれています。資料館建物は旧井坂邸跡地をもとにして開園した井坂公園に位置し、能代大火で焼けずに唯一残っていた井坂家の土蔵を記念館建物として利用しています。航空関係の展示についてこの記念館には戦時、能代のブナ材を使用して、栃木県の秋木矢板工場で試作された飛行機のプロペラ(1枚)が展示されています。このプロペラはブナの合板を接着して作られたもので、実際に飛行機のエンジンに取り付けられるところまで行ったようですが、飛行には至らなかったようです。その理由はブナ材の剛性にあったようです。柔らかな木質のブナはプロペラに求められる耐久性や剛性不足で実用には至りませんでした。その試作過程のプロペラ1枚がこうして残されているのは、大変珍しい事だと思います。能代周辺にかつてあった東雲飛行場跡地(陸軍能代飛行場、掩体壕や留魂碑があります。)と共に訪れてみては如何でしょうか。解説員の方は元社会科教員で解説が大変わかりやすく、とても良く理解できました。短時間の訪問でしたが、もっとゆっくり伺いたかったと思っています。