坂祝神社で感じる神秘のひととき。
坂祝神社の特徴
美濃国加茂郡九座の一社で、多様な神様に祈れる神社です。
地元の人々に信仰され、静かな神社として知られています。
参道の両脇には、綺麗に手入れされた林が広がっています。
緩やかな傾斜で背の高い杉木立に囲まれた参道を歩いていると、何か、規模は違うのですが伊勢神宮を思い出してしまいました。鳥居の両サイドに、杖や配慮の行き届いた椅子(よかったら録画を)が置かれていました。本殿の前にベンチが置かれていて腰を下ろすと、静かで美しい森の中から様々な鳥の鳴き声が聞こえてきて、心が洗われていくようでした。神聖なご神気のうえに神社や氏子のみなさんの心の温かさも感じさせていただく素晴らしい神社でした。
創立不詳。旧号加茂大明神又坂祝神社。延喜式神明帳に曰く、美濃國賀茂郡九座の内坂祝神社美濃國神名帳曰く(賀茂郡二十九座の内)従五位下祝部神社旧笠松縣管轄美濃國式内神社考証曰く坂祝神社賀茂郡蜂屋の庄酒倉村にあり。渡邊信喜順拝表曰く、坂祝神社賀茂郡酒倉村此村名酒倉を往古は社号の如く坂祝なりけんを後音便に訛て如く此唱習へることとはならん。浅野重治美濃國鎮座諸神記曰く、賀茂郡従五位下酒部明神しかない坂祝神社は酒倉村にあり。抑も後冷泉天皇御宇庚平五年八幡太郎義家加茂次郎義綱陸州阿部貞任征伐として加茂次郎東山道発向の途中当社へ参詣誅伐の功を遂げしめ賜はば、社殿を造営せん事を祈誓願を籠められ、終に奏功凱軍の後山田時定をして奉行となし、社殿修造せしめ、且つ社領田を寄付せらる。山田円斎時定を以て社殿修造せしめられし時、当郡太田村縣主神社、当郡蜂屋村賀茂神社へ寄付社領田等より田七反歩当社へも同時に寄付ありしならん。当社は古来本村の村社なりしが、明治五年加茂郡大十六大区十一小区の郷社仰せ付けらる。当社と太田町縣主神社と上蜂屋村加茂神社とを古来三加茂と尊称し最も有名の神社なり。大正三年社殿その他の建物再建。
御祭神 正勝山津見神境内社 白山神社(菊理姫神)、津島神社(建速須佐之男命)、御鍬神社(豊受大神)、稲荷神社(倉稲魂命)、猿田彦神社(猿田彦命)美濃国加茂郡九座のうちの一社です。
地元の方々が鎮っている神社で正月3が日だけ?社務所が開いているのは。その時ご朱印いただきました。
坂祝神社を娘と参拝してきました。綺麗に掃除された境内は気持ちよかったです。近所の人の散歩コースにもなってるようです。
パワースポットです。
好きな場所です。
ポケジムありますよ😃
岐阜県らしい柿の木の多い集落の中の静かな神社です。本堂迄少し坂になっていますが杖が用意されていたり、御手水やトイレの手拭いもあり、心遣いが感じられました。
| 名前 |
坂祝神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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坂祝神社(さかほぎじんじゃ)。岐阜県加茂郡坂祝町酒倉字加茂山。式内社(小)、旧郷社。坂祝神社、縣主神社(美濃加茂市大田町)、加茂神社(美濃加茂市)をあわせて、三加茂神社と称する。主祭神:正勝大山祇大神(まさかつおおやまずみのおおかみ)【関係氏族】祝部(はふりべ):古代の神祇官(じんぎかん)に属する下級官職であり、神に仕える者の総称。資料によると、創建時期は不明である。しかし、美濃国造は彦坐王の後の皇別であるから、坂祝神社の創建が賀茂社崇敬の盛んになった平安期より更に古くに遡るとする説もある。延喜式神名帳では坂祝を「サカハフリ」と呼んでいたという。式内の坂祝神社は帳内の祝部神社で、坂祝を祝部とも称したとの説もある。もしその推定が正しければ、坂祝より祝部の方が古い言い方と考えられ、その祝部は、近くの県主神社に奉仕した祝部か、あるいは姓氏禄に載せる呉の帰化族ということになるが、むしろ前者を考えた方がよさそうである。とすると、坂祝神社の本来の祭神は県主神社の祭神である「彦坐王」の後裔鴨県族と密接な関係をもつ祝部の祖を祀った、という推定も成り立つであろう。とあります。