210mの壮大な前方後円墳。
太田天神山古墳の特徴
東日本最大の規模を誇る前方後円墳で、墳丘長は210メートルです。
5世紀前半から中期に築造された歴史深い古墳です。
駐車場と古墳の位置関係が独特で、見学が難しいとの声があります。
アクセス駐車場は、東武小泉線沿いの道路の一部が駐車可能となっていて、バスの区画まである。ただ、古墳への行き方の案内はない。東の陸橋の方向に歩き、住宅街を大きく回りこんで目塚天満宮参道という道から古墳内堀に入れば、一応畦道があり、鳥居を通って古墳(社)に登る階段がある。ちなみに、駐車場から最短で古墳に行ける獣道のようなルートもあり、そこを通ると、葺き石がむき出しになっている斜面を登ることができる。オススメポイント東日本最大の大きさ、日本全体でも28位にランキングされる。全く整備されておらず、観光地化もしていないが、そのままの姿で、前方後円墳の形は維持されている。内堀も開発されず残っているので、上空からハッキリ形がわかる。(後円部の端が道路で切られているが)登ると、特に前方部の三段になっていることがよく見えるし、何より落ち葉は多いが歩きまわりやすい古墳。一部には葺き石も見れる。観光地化してきれいに復元する必要はないが、もう少し整備してくれればと感じる。自然な形で大きな古墳が残されており歴史的価値は高いと思う。
東日本で2例だけの長持形石棺の一部が以前は観られたそうだが、落ち葉🍂の堆積で埋まってしまったようで確認できずそれでも東日本最大の前方後円墳‼️もう少し整備してほしい落ち葉で足元が滑って後円部に登るのが大変⚠️💦
古墳時代中期の前方後円墳。東日本では第一位の規模。未調査。体よくいえば自然のままの状態、有り体にいえば、放ったらかしだから、墳丘は立派な雑木林になっていて踏み固められた小道もあり、枯れ葉やドングリが夥しく散乱している。冬枯れの墳丘を赤城下ろしが渺々と吹き過ぎて行く。東側に鳥居があり、その少し上には神社らしき木造建築物が一棟。墳丘の最高所の雑木の幹に天神山との小さな標識が出ている。規模が大きいだけに一旦雑木林に踏み込むと、ちょっとした山登り気分になる。
下調べをしてないと、駐車場がどこか、どこから古墳に入って良いのか判りにくい。墳丘そのものは規模も大きく、比較的に形を保っているようです。
住宅地と線路の間、でも田んぼがあって・・・こんもりとした森って感じで古墳の全体像を掴むことはできないです。孫は古墳よりも虫取りに夢中でした。駐車場の案内がないと一般の人にはわかりにくい場所です。跨線橋の脇にある東武線の線路脇に駐車しましょう。
東日本最大の古墳。誰のお墓かわからない。ヤマト王権と関係のあった豪族の墓と言われているが如何に。
東日本で最大級の前方後円墳である「太田天神山古墳」は古墳と言うよりも小山のようです。
かなり大きな古墳でした。スタンプラリーをしていたようで、親子で訪れている人たちが多かったようです。駐車場が分かりづらかったです。
古墳と鏡はリンクしている川や水路と古墳が関連している特に関東では、この群馬の古墳が川の上流にあり、特に古い。陸路交流が盛んになるのは、中期以降に馬型埴輪の出現と連動している説があり、初期は河川交通のため、上流が古く、下流に同様縮小墳墓が作られていて、支配系統なのか、連絡路だったのか、旅先の古墳を意識すると面白いかとおもいました。
| 名前 |
太田天神山古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0276-20-7090 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0170-009kyoiku-bunka/bunkazai/otabunka44.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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2025年5月3日群馬県太田市の天神山古墳は、全長210mの前方後円墳である。東日本最大規模の古墳で、東日本で唯一墳丘長が200mを超える古墳である。長持型石棺が使用されていた。長持型石棺は、畿内王墓特有の石棺である。被葬者は、ヤマト王権と強いつながりがあったと考えられる。5世紀中頃に築造されたと推定されている。この頃、中国は南北に王朝が並立し、南朝に「倭の五王」が遣使した。古墳の被葬者は、倭の五王と関係があった可能性がある。天神山古墳は、国の史跡に指定されている。墳丘は、すっかり樹木で覆われていた。目にしても、古墳と気付かない人も少なくなさそうだった。古墳を訪れたのは早朝だった。墳丘に登ると、耳にするのは、風で揺れる枝葉の音と鳥の鳴き声だけだった。里山にいる様だった。