新江古田に現れた蒸気機関車E18
保存鉄道 鐵道聯隊 E18の特徴
ベランダに設置された機関車が目を引く、ユニークな観光名所です。
昔はボロボロだったが、見事に綺麗になった保存展示が魅力的です。
旧日本陸軍が使用した機関車の歴史を感じられる貴重な場所です。
江古田駅と新江古田駅の中間やや東側のマンション1Fの道路に面した場所に木枠で囲まれた形展示されている珍しい機関車、説明では戦後安比奈線での砂利輸送に使用されたあるが、西武新宿線は開業当初から1067mm軌間のはずでナローゲージ600mmのE18どうやって走っていたのか摩訶不思議、現在でもレールが残る南大塚付近や入間川右岸付近も写真で見る所1067mmゲージで、仮に戦後安比奈線が600mmだったとしても南大塚で砂利を載せ替えていたでは手間ばかりで砂利輸送が出来たとは思えないのだが?再訪、下回りを中心に撮影、車輪カバーがありよく見えないが、床に仮線路みたいに引いてありそれからすると600mm軌間のようだ。追加情報、河原から安比奈駅までを600mm軌間コッヘル機関車に引かせ安比奈駅にて1067mmのトロッコに載せ替えて南大塚まで電気機関車で運んだようだ。
旧日本陸軍の機関車だそうです。建物建替に伴い一時姿を消していましたが、建物新築後に機関車もレストアされて元の場所に収まっているようです。
マンションの一角に置かれた蒸気機関車です。だいぶホコリ被ってます。
2024年4月2日訪問🚂兎にも角にも普通のマンション1階の狭いスペースに、何故このような貴重価値のある蒸気機関車が展示されているのだろうかと驚いてしまう!しかも練馬のごくありふれた住宅地に…記念館とか博物館とかに展示してもおかしくないです🚂デゴイチより貴重だよ、絶対!!
住宅街に突如現れる蒸気機関車。丁寧な説明のパネルがあるので、読むとこの機関車に興味が湧きます。
両親が学生時代に同棲していた「三井荘」の裏手で、鉄道趣味出版社の「エリエイ社」の敷地内にある。自分が鉄道好き人生になったのと関係があるのだろうか。
新江古田の駅から歩いて3-4分の賃貸マンション『フェルトバーンハウス新江古田』に、なぜか旧日本陸軍鉄道連隊 E18が保存されていました。お洒落なマンションになぜ? と思うところですが、日本陸軍という海軍に比べて今一つ垢抜けない組織が使っていたにしてはドイツ製の機関車はお洒落で可愛らしく、絶妙にマッチしており、マンションのプレートにも蒸気機関車があしらわれておりました。帰宅後に調べてみると、ここは鉄道模型および鉄道関連の雑誌を発行している出版社のエリエイという会社さんがあるのですね。さて、この近辺の蒸気機関車というと私は小金井公園に露天で展示され、ペンキとオイルやグリースで厚化粧したC57しか知らなかったのですが、あちらに比べると半分屋根の下にあるせいか、保存状態はいいように見受けられます。また、C57よりも小型で、炭水車も接続されていないためか思いのほか小さいです。どうやら軽便(けいべん)鉄道といわれる国際的には狭い1067mmの日本のレール幅をさらに縮小した環境で使われるようにさらに小型化された車両のようで、600mmゲージに対応しているようです。私の乏しい鉄道知識では、戦前沖縄などで使われていたのも軽便鉄道で、調べてみると762mmのゲージ幅でした。軽便鉄道は1067mm未満の営業鉄軌道を指します。しかしながら、規格がまちまちで沖縄のように762mmの事例が最も多いながら、このE18のような600mmもあります。あるいは610mmもあり、九州北部では1930年代まで914mmが盛んに使われたようです。今でもたまに思うのですが、日本の地方路線で単線の標準軌の路線はいっそのこと軽便サイズで複線化した方が便数も増やせるし、余計な待ち合わせ時間もなくていいような気がします。そんな単純な話ではないと言われればそれまでですが、鉄道は老朽路線で沿線は限界集落ばかり、線路が平地でも変なカーブを描いて不合理な癖に、新しい道路だけは次々とできる私の住んでいる宮崎県などの地方を思うと、何かいい知恵はないかなあ、といつも思います。鉄道はCO2排出量も少ないですし、乗っている間には読書も飲食もできますし、地方路線なら客車にトイレもあります。自動車に比べれば格段に自由な移動時間が提供でき、高齢者の運転事故リスクや、飲酒運転のリスクもありません。これから地方の赤字路線を採算を取れるようにして持続的な社会を作るとともに、新型コロナウィルスで明らかになった集約された都市に住むリスクを軽減するために考え続けなければいけない課題だと思います。死んだ児の年を数えるようなものですしこの機関車を前にして言う言葉ではありませんが、せめて軽便鉄道のゲージ幅を914、762㎜のみとするような規格を制定していれば、列車の部品の融通や整備の簡易化等もできて良かったのにな、と愚考します。さて、由来の看板は以下に抜粋しますが、軽く調べたところ、安比奈(あいな)の砂利輸送線は1929(昭和4)~1937(昭和12)年、戦時中は休止していたようですが1949(昭和24)~1964(昭和39)年の間使われていたようです。E18は1950年代で活躍を終えたというから、砂利輸送はかなり短い期間でしたが、30年以上現役だったことを考えると十分にその役割を果たし、戦後の復興にも貢献してくれた立派な機関車と言えましょう。今後も末永くこの雄姿で我々の目を楽しませてくれますように。[元日本陸軍 鐡道聯隊 E18]1921(大正10)年 ドイツ オーレンシュタイン・ウント・コッペル社製造全長5.8m 全幅1.8m 重量 約12t千葉市と習志野市にあった鐡道聯隊は戦地での迅速な物資補給を行うために設けられた。日本では1896(明治29)年に鐡道大隊として発足し、日露戦争後に鐡道聯隊となった。素早く戦地で輸送力の大きな鉄道を輸送、敷設、撤去するために、600mmゲージの機関車とレールと枕木を組み上げたハシゴ状のものを使用する軍用軽便鉄道が導入された。この機関車はドイツのコッペル社から1921(大正10)年に輸入された25両のうちの1両である。急カーブを通過させるために動力は全ての車輪に伝達されているが、最前部と最後部のそれぞれ2輪はカーブに沿って首を振る構造になっている。太平洋戦争が終結した1945(昭和20)年をこの機関車は千葉市の兵器補給廠で迎え、その後西武鉄道に引き取られて、1947(昭和22)年から入間川の砂利採取線(現在の川越市安比奈[あいな])で同型のE16、E103とともに使用された。活躍は1950年代で終了したが、その後も廃車体として河原に放置されていた。1960年代末に河原から西武所沢工場に移され、さらに玉川上水の西武運輸の倉庫に移動、1971(昭和46)年から所沢市のユネスコ村でE103とともに静態保存・展示された。1993(平成5)年、「大恐竜探検館」建設のために展示場所を失って、この場所に移動、2007(平成19)年に建物建て替え工事が始まるまで保存された。その後、静岡県の大井川鐡道に依頼して外観の修復を行い、2012(平成24)年8月、東京ビッグサイトで開催されたJAMコンベンションでの3日間の展示を経て、ここに戻ってきた。なお、僚機E103は北海道丸瀬布(まるせっぷ)での保存の跡、2002(平成14)年ドイツに里帰りして動態復元工事中である。
ベランダに機関車が置いてあります。
いやぁ、綺麗になって吃驚します。鉄くずのボロボロの状態だったのが嘘のようです。また、逢いに行きます。
| 名前 |
保存鉄道 鐵道聯隊 E18 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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新江古田駅から徒歩5分くらいのところにある機関車E18。かつて千葉県にあった陸軍鉄道連隊で使われたもので、戦後は西武安比奈線で砂利運搬用として1950年代まで現役だったとのこと。引退後は廃線に置かれたままだったり、ユネスコ村で展示されたり。この機関車を所有する株式会社エリエイの代表取締役である平井憲太郎氏は、江戸川乱歩のお孫さんなのだとか。