1280年の歴史、風祭大野光秀の寺。
浄永寺の特徴
1280年に設立された歴史的な寺院です。
大野光秀の帰依により建立されました。
法華堂と七面社がある由緒ある場所です。
お参りさせて頂きました、ありがとうございます。
1280年、風祭の地頭・大野光秀が日蓮に帰依し、自らの屋敷内に法華堂と七面社を建立したのが始まり。1518年、現在地に移転。北条氏康が境内の七面社に戦勝祈願を行ない、叶えられた事への感謝状・「浄永寺文書」が鎌倉国宝館に所蔵されている。
| 名前 |
浄永寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0465-35-5366 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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寺伝によるとこの寺の開基は北条時宗の家臣の風祭大野之亮光秀という。風祭に住み早く日蓮に帰依し、弘安3年(1280)身延山に詣で日蓮直筆の曼陀羅と蛇身解脱画像とを受けていた。ついで弘安5年には日蓮が光秀宅に立寄っていて、日蓮は光秀の子を自らの弟子とし日行の名を与え、光秀の居館の法華堂と七面社に「光秀山浄永寺」の山号を銘じている。小田原北条氏の時代に入って日形の頃、彼は北条氏綱の伯父にあたることもあって庇護を得て、寺を風祭から現在地に移し堂塔を再整備した。そのため日形を中興とする。また山内の七面堂は身延山にならってその守護神の七面神を祀ったものだが、ここには毘沙門天と妙見菩薩が合祀されている。