羽島崎神社でゴンザと海を感じる。
鹿児島県いちき串木野市羽島崎神社の特徴
世界初の露和辞典が編纂された神社、訪れる価値ありです。
二百年位前から続く太郎太郎祭りがある由緒ある神社です。
海近くに位置し、素晴らしい眺望と景観が楽しめます。
鹿児島県いちき串木野市の東シナ海側に鎮座する羽島崎神社。鹿児島県県内では際珍しい白い鳥居があるパワースポット✨️海沿いに沿って参道が真っすぐ進んださきに、緑が映える南国風の見える社殿⛩️境内奥の岬には「願いの鐘🔔」があり、1回目は過去不幸消滅、2回目は諸願成就、3回目は未来福徳円満ご案内されています。神徳は子孫繁栄、学業成就、豊漁、五穀豊穣。社務所で御朱印を直書き(初穂料:300円)で頂戴できます。
仕事で少し時間ができましたので、羽島の街並みを散策して、参拝しました羽島の美しい街並みにある羽島崎神社⛩️ゴンザ像がありましたその昔、船で輸送中に嵐に遭い、ロシアのカムチャッカ半島に漂流したゴンザは、ロシア語を必死に学び、ロシアで生活し、遂には露和辞典を著したそうです心穏やかに参拝しました。
漁業の成功や無事なども地元の方に祈願されている神社とのこと。薩摩から船で大阪に向かう途中で漂流してロシアのカムチャツカに着いたゴンザの数奇な一生を知ることができました。ゴンザは世界初の露和辞典を作ったそうです。しかし全て薩摩弁であった事から当時の薩摩弁の記録としても重要な資料の様です。海風を感じてゆっくり参拝できました。釣鐘があり3つ打つ神義があるとのことで説明書きがありました。
☆ 今年数年ぶりに初詣に訪れました☆☆小生にとっては、非常に縁のある神社です☆☆現在では、少し遠くなりました……当神社では毎年、県の無形文化財の祭りも開祭されています…中々、この頃見に行く機会がありませんが……来年こそは…と思っています☆☆☆
御朱印がリニューアルしてました。書き置きが置いてありましたのでお受けしました。景色最高です、癒されました。
2023.11.13 お詣りしました。キレイな神社でした。ただ御朱印が?です。書き置き、紙袋入り、端が水しみがありました。海苔の缶の中に入れてあり、300円お願いしますと、今回は遠慮させていただきました。
世界初の露和辞典を編纂したゴンザゆかりの地。
天気が良いなら景色最高です。
21/04/01 近くにきたので立ち寄りました。この日は、風が強く海も少し時化気味でした。ちょっぴり寒かった...
| 名前 |
鹿児島県いちき串木野市羽島崎神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
090-5727-6549 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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薩摩藩英国留学生記念館から海岸道路沿いを進んだ先にある神社です。駐車スペースは広めです。鳥居の脇にあります。大きな白い鳥居が海の景色と素晴らしい調和ですね。神社の境内はそれほど広くないものの、落ち着いた良い雰囲気です。御朱印は書き置きが用意されており、無人の社務所の前で缶の中に代金を納めていただく方法です。境内の中にはゴンザ神社と呼ばれる神社も併設されておりゴンザ像とともに祀られています。また3回鳴らすと祝儀の鐘もあり色々パワーをいただいてことができた神社でした。石碑の案内より----------ゴンザの由来ゴンザは享保二年(一七一八)薩摩国の漁師の子として出生しました。享保十三年(一七二八)十一歳の時に、第二十二代島津継豊の命を受け、 大阪へ向けて続米を積んだ若潮丸に舵手の父と共に乗り組み、薩摩の港を出帆しました。船は折悪しく嵐にあい、太平洋に流され、半年余り海上を漂流しました。 そしてロシア領カムチャツカに漂着しました。助かった喜びもつかの間、ゴンザとソーザの二人だけが生き残り十五人が他界しました。享保十六年(一七三二)二人はヤクーツク・トボリスクを経てモスクワに赴き、 同十九年(一七三四)ペテルブルグのアンナ・ヨアノヴナ女帝に拝謁。既に流暢なロシア語を駆使していた聡明なゴンザ少年に感銘を受けた女帝は科学アカデミーでロシア語文法を学ばせ、女帝の勅命で日本語教師になりました。ゴンザは予期せぬ運命に翻弄、孤独に苛まれながらも、僅か三年の間に約12000語に上る世界最初の雲和辞典「新スラヴ・日本語辞典」ほか五冊もの大著を著わしました。元文四年(一七三九)十二月ゴンザは二十一歳の若さで再び故郷の地を踏むことなく異国の地で没しました。ゴンザが遺した日本語はすべて薩摩弁だったことから、日本の非常に価値の高いロシア語の資料ともなりました。