龍野神社の忠魂碑、心に響く歴史。
慰霊塔の特徴
フェンスが設置されており、入場には注意が必要です。
玉垣の文字が全て綺麗に削られており、印象的です。
中に入れる場所があるため、隙間からの覗き見も可能です。
柵がしてありましたので結局入りませんでした。
柵がしてありますが、中に入れます。草がたくさん生えてました。もう少し大切に扱ってほしい。
玉垣の文字が全て綺麗に削って消されているし、フェンスで入れなくなってます。何か曰くがあるのでしょうか?
フェンスがあって入れない。
| 名前 |
慰霊塔 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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忠魂碑兵庫県たつの市の鶏籠山(けいろうざん)麓の「龍野神社(野見宿禰神社)のほぼ西隣に、たつの市の先人が建設した戦没者の慰霊の石碑「忠魂碑」があります。石柱の裏にある銅板に記載された文によると昭和3(1928)年11 月10日に京都御所で行われた昭和天皇の御大典を記念して、西南戦争以降の龍野町出身の戦没者の慰霊のために昭和5年10月に建設されたとあります。石碑の上には砲弾、周りには玉垣が二重に設置され、正面には鳥居まであります。全国各地に数多い「戦没者慰霊碑」「忠魂碑」の中でも、ひときわ立派なもので、当時の龍野町民の郷土への愛情、誇りが伝わってきます。周辺には桜の木も多く植えられ、春には桜の名所になるようです。このような立派な忠魂碑がいつまでも地元の人々に大切にされることを祈らずにはおられません。<忠魂碑の三文字>陸軍大将 一戸兵衛(いちのへ ひょうえ)書。