歴史を受け継ぐ愛藤寺城。
愛藤寺城址の特徴
信頼性の低いナビに迷った人も多い、隠れた魅力の城です。
貞応元年に築城された歴史的な背景があります。
愛藤寺城の位置は林道の奥にひっそりと佇んでいます。
グーグルナビを利用しましたが、示された城域への入り口には看板案内も無く狭い林道であったため信用できずかなり迷ってしまいました。本城は連郭式山城の縄張りになっていましたが、当時の主要道路を守る要衝という印象を受けました。伝本丸跡は除草もされており問題なく散策出来ましたが、他の郭は私有地となっているのでご注意を。破却された石垣が残されており、廃城好きの方にはある程度楽しめるお城かと思います。
相藤寺城、或いは矢部城とも。小西行長から加藤清正にわたる城郭の遺構となる地形や石垣が残ってる。このあたりの谷に面した一帯にそれがあり、中世城郭についての見識が有れば見るところが多い。しかし難点は、その殆どが私有地(畑)であること、また、ここに至るまでの案内板は小さな木の看板くらいしか案内がないこと、またこの付近では隘路を 進むことになるので小さなクルマでも相当注意深く進まないとスタックの危険性があることです。また熊本地震後は南側からの内大臣橋側からのアプローチが道のダメージによって通行止めが多い。行くのであれば、矢部の中心部、通潤橋からのほうがいいかも。
| 名前 |
愛藤寺城址 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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愛藤寺城(あいとうじ 熊本県上益城郡山都町津留)貞応元年(1222)阿蘇大宮司惟次(これつぐ)が天台宗愛藤寺を移してその跡に築城と伝わる。戦国期は小西行長の支配下で城の修復があった模様でキリシタン瓦も出土した。城域は北から南の主郭に向かう道路沿いで城門(標識有)、空堀、石垣、二の丸、小山状の本丸。本丸には石積がみられ北下に井戸(未確認)、西側は三の丸。2021年訪城。通潤橋、岩尾城から180号線南下し途中から林道へ分岐。かなり山間部で攻めるにも大変そう、じっくり見ればいろいろ見所ありそうな城跡でした。