歴史の風感じる、泉頭城跡。
泉頭城跡の特徴
柿田川公園内に位置する泉頭城跡は歴史的な城跡です。
徳川家康が関わった隠居城候補地として知られています。
湧水公園として一般開放され、訪れる価値があります。
柿田川公園として整備されている場所にかつて「泉頭城」があったと言う事ですが城跡の遺構はあまり確認されずに看板のみ有るだけの印象です。
元々、北条氏の砦だった場所。徳川家康の隠居所になる予定でしたが、実現しませんでした。堀の一部が湧水広場として活用されています。
2018/12/22徳川家康が最後の隠居地として選定したという場所。南側には清らかな水が湧き出る場所があり、言葉通り水が湧き出ているのが目に見える。自然地形を利用した城であったようだが、城だと思ってみないとなかなかわからない状態となっている。
☆歴史的には無名な城址、でも天下人「徳川家康」の隠居所としての城郭に成ってたならば別🤔不思議な名前の「泉頭」、現地訪問で理解、富士の伏流水湧き出す柿田川の源流、泉湧き出す頭(先端)の地⛲️当初は相模の後北条氏(小田原北条氏)の名将「北条氏康」が甲斐武田氏に備え1554年に築城したとの伝承。後に天下人となり江戸幕府開いた徳川家康が隠居処として選地した場所が、ここ柿田川湧水群ある泉頭城址、何か健康志向の家康らしい、澄んだ名水湧く場所。泉頭城址の西半分が柿田川公園🌳駐車場と店舗部分が本曲輪でも城址形跡無し、駐車場先の階段の下が「三ノ洞跡」(堀)、八つ橋が堀底、舟付場跡は戦国時代からの名残りとは感激、貴船神社は西曲輪の南の突端に位置、湧水広場が本曲輪と西曲輪の間の谷「ニノ洞跡」(堀)、広い芝生は西曲輪跡でしょうか⁉️広い芝生から駐車場への連絡通路を通ると下がニノ洞跡で何となく昔の城址の雰囲気あり👀因みに城址北側は国道1号と都市化で跡形なし、「三ノ洞跡」東側は一部都市化、第六天曲輪と南曲輪へは進入不可⚠️1616年(元和2年)家康が亡くならずにもう少し長生きしてたら、瀟洒な大御所家康の隠居御殿が出来上がっていたかも知れません、これも歴史😅
柿田川公園を、泉頭城跡として見て回る。一度は家康の隠居城として整備がさて始めた城跡。城跡だと思って見ると、土塁や曲輪あととめぼしい場所が見て取れる。しかし、わき水公園として整備されているので、遺構は少ない。
公園内に泉頭城跡があり、湧き間と書かれた場所に井戸があり、ここが舟着き場で、対岸の本城山にある戸倉城との連絡に使用した跡だとか、そこからしばらく掘切りを抜け左右の土塁の上部に曲輪が拡がり左手に貴船神社が鎮座しています。
徳川家康の隠居城と駿府城という感じですが、もしかしたら、この地が隠居城となっていたかも。。。と知って驚きました。確かにここだとノンビリ出来たでしょうね。。。
柿田川湧水地付近にある平城跡。遺構はあまり判然としないが柿田川の湧水とあわせて訪れるには良い。御城印を清水町観光案内所「わくら」で購入することができる。
柿田川公園自体が、泉頭城跡です。町営の駐車場のあたりが本曲輪になっています。城跡案内看板は、公園入口のすぐ近くとお土産u0026飲食店の建物脇の2ヶ所にあります。泉頭城跡の一部は国道1号線によって削られてしまっています。
| 名前 |
泉頭城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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柿田川公園に来てみたら、まさかここが後北条氏の城跡であったとは。しかもその後に一旦は徳川家康の隠居地に選定されていたとは驚きです。秀忠に将軍の地位を譲った後も院政という形で幕府に強い影響力を持っていたようですから、駿府城の方がより機能的であったですかね。本当の意味で隠居生活に入るなら、この柿田川水源地の畔に築かれた泉頭城はこの上ない環境であったことでしょう。柿田川の湧水に癒されに訪れただけだったんですが、思わぬ事実に何とも得した気分です。