相模川で巡る歴史散策。
馬入の渡し跡の特徴
佐伯泰英氏の小籐次を思い出す歴史的なスポットです。
東海道から少し離れた馬入の渡し跡が独特の風情を醸し出します。
ランニングの休憩に最適な記念碑と説明板があります。
この場所から川向いを見ていると、この向かいの岸から、佐伯泰英氏の酔いどれ小籐次の一巻での場面が思い起こされます。殿様を見送りその後すぐさま殿様に恥を掻かせた大名の行列の一番前を歩く槍の穂先を切り飛ばして持って行く場面です。今はヨットハーバーになっていますが、平塚市博物館の当時の模型を見ると想像できます。
◆立派な石碑と解説板がある光景は、「朝霧河畔緑地」に似ています。◆どちらも状態が良く、綺麗で、緑に囲まれた、気持ちのいい環境です。
こんな所にこんな渡し跡があるんだと思いました。ふと思ったのが、鎌倉時代にはすでに橋があったのに渡しの需要があったのかどうか。調べたら、江戸時代には橋が無かったそうです。幕府の政策かなと。
東海道からは少し北に離れてるので、本来は「川会所」の近くにあったのでしょうね。昔は堤防がなかっただろうから、平たい場所にあったでしょうし。ここを、大名行列や伊勢参りの旅人や幕末の志士が船や船橋で渡ったと思うとトキメキますね!
歴史スポットです!
記念碑と説明板があるだけで今は面影もわからない。
ランニングの休憩ポイントとして利用してます。
らしいです。
空から馬入の渡し跡(旧東海道)
| 名前 |
馬入の渡し跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
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馬入川(相模川)周辺に行ってみたい史跡があったので、友人に車で連れてってもらいました🚗今回、見てきたのは東海道の「馬入の渡し跡」と「馬入渡川会所跡」です❣️江戸時代以前、相模川に橋が架かる前、人々は川を船で往来していたわけで、相模川にも渡し場があり、その跡が「馬入の渡し跡」です。さらに江戸時代、その渡船の管理を管轄する役所が川会所で、相模川右岸側に馬入渡川会所跡が残っています。さて、ここでは相模川のことを馬入川と呼んでいますが、相模川の河口周辺の地域を馬入(ばにゅう)といって、歴史資料を読んでいると相模川のことを「馬入川」と呼ぶ場合があります。この馬入という地名は鎌倉時代に源頼朝の馬が頼朝を乗せたまま相模川に飛び込んだという伝説に由来しています。明治時代以降の歴史資料にも東海道線の相模川橋梁を渡る際に「馬入川」と記録されていますし、現在の相模川に架かる国道1号線の橋の名称も「馬入橋」という名称になっています🌉