1647年の歴史溢れる建長寺。
仏殿(旧崇源院霊屋)の特徴
建長寺の仏殿は1647年に移築された重要文化財です。
御本尊の地蔵菩薩坐像が安置されている特別な場所です。
山門をくぐり仏殿を見ると、タイムスリップしたような感覚が味わえます。
建長寺の御本尊の地蔵菩薩が安置されています。建物は国の重要文化財に指定されています。
建長寺の仏殿は本尊地蔵菩薩坐像をお祀りしています。寛永5年(1628)建立の東京・芝の増上寺の徳川秀忠夫人、崇源院の霊屋を、正保4年(1647)に移築したものだそうです。
こちらは2024年03月04日の訪問となります。仏殿と言えばお寺のメインコンテンツ。幾度も火事や災害に遭った後、徳川家康が将軍となってから徳川家が建長寺の後援者となって再建に力を入れたそうです。この建物、元々は東京の芝大門にあるお寺の御霊屋(秀忠の奥さんの霊を祭る場所)だったそうですね。徳川将軍絡みの人の多くの御霊屋がその寺にあったそうですが、東京大空襲の際に軒並み消失してしまったとか。亡骸自体はそっちにあったようですが、ある意味運が良いのだろうか。
建長寺拝観料500払い山門くぐり少し行った所建物は1647年増上寺より移築、本尊は地蔵菩薩坐像2
一番歴史を感じられた建物でした。中央の地蔵菩薩坐像や天井の絵画が時と共に朽ちて、味わい深いです。
山門を通り仏殿を仰ぎ見ながら中を拝見するとタイムスリップしたみたいな感覚を感じました。目の前に鎮座した仏像の大きさと威厳に圧倒されました。夕方になると扉を締められて拝見出来なくなるので早めに拝見しておく事をお薦め致します。
建長寺創建当初の仏殿は、左右に土地堂と祖師堂を従えたものだった。現在の仏殿は、1647年、芝増上寺の徳川二代将軍秀忠夫人の御霊屋が移築されたもの(1628年の建築物・国重要文化財)。崇源院は、織田信長の妹お市の方と浅井長政との間に生まれ、姉は豊臣秀吉の側室となった淀の方。仏殿の他、方丈の正門であった唐門(勅使門)と西来庵の中門も崇源院の御霊屋にあったものが移築されている。本尊は地蔵菩薩坐像。建長寺のある谷は、もとは処刑場で地獄谷と呼ばれ、建長寺が建立されるまでは、地蔵菩薩を本尊とする心平寺があった。そのため、建長寺の本尊は地蔵菩薩なのだという。『吾妻鏡』には、1253年11月25日に建長寺の供養が行われ、「丈六の地蔵菩薩をもって中尊となし、同像千體を安置」したことが記されている。現在、仏殿に安置されている地蔵菩薩坐像は室町期のものと考えられている。
芝増上寺から1647年に建長寺に移築されたもので、重要文化財に指定されている。元々は霊廟として建てられたため、屋根が寄棟造だったり禅宗の仏殿と異なる。
本仏殿は1647年に江戸増上寺に合った建物を移築されました。地蔵菩薩坐像がお祭りされています。国重要文化財に指定されています。
| 名前 |
仏殿(旧崇源院霊屋) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0467-22-0981 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 8:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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2025年12月に再訪しましたが、工事中のため、みることはできませんでした。工事中の写真と、説明書きにあった写真を添付します。