全国唯一の下宮神社、歴史と静けさを感じて。
下宮神社の特徴
全国で唯一の下宮神社として知られており、特別な存在です。
かつては大宮神社として知られ、改名の由来が興味深い神社です。
近隣住民による手入れが行き届き、清潔感のある境内が印象的です。
珍しい黄色のつつじが咲いています。他にも牡丹や石楠花など手入れされており4月後半が見時かも。駐車場も広く中々雰囲気のある神社でした。
2019年10月7日追記:【全国的に唯一の神社名、なのだが…】「下宮神社」という名の神社は、全国的に見てもこの神社が唯一のもののようで、インターネットを駆使して調査しても詳細が解らなかった、の、だが…神社の下に、この神社の由来が記されていたたため確認すると、なんと「もともとは大宮神社だったのだが、書き間違いが原因で改名した」旨が記載されていた。…なんだそりゃ。なお宮司さんは体調を崩されている、とのこと。-----たまたまこの神社を管理されている方とお話をする機会がありました。その高齢の方(この神社の他周辺の神社も所有されている)のお話によりますと…境内の高い木はその方のお父様が植えられたものなのだが、枝打ちをしなければならなくなって苦労したとか…本殿内の提灯の字もそのお父様の書だそうで、よく見ると歪んでいるとか…また周囲は過疎化が進んでおり、地元の人があまり通わなくなってしまったとか…神主さんを呼びたいがなかなかできないとか…道の横に谷があり、転落した人もいるから危険だとか…まあそれはともかく。ネット上の情報だけで調べてみても、この神社の由来などは判らず。そもそも同名の神社がみうけられ郷土資料を当たってみた方がいいかも知れません。また、祭事も定期的に行われているようです。その上で、その神社の雰囲気はとても心地よく、特に剣山山頂へ向かわれる際に立ち寄られてみるのもいいと思いますよ。
雰囲気のある神社です(^o^)
歴史を感じさせられる古い神社ですが、近隣住民の皆様方のお手入れもあり、本堂や境内の掃除も行き届いています。夏季には夏祭りも催されているようです。
この社は,旧同村の中央部,中野に鎮座する。「一宇村史」によると,古くは大宮神社と呼ばれ,忌部神社の末社だったが,明治時代の初めに下宮神社と改称したと記されている。本殿は,一間社流造銅板葺で,千鳥破風が付き,緑色片岩の野面積基壇に載る。向拝部分は,几帳面取の角柱を立て,虹梁型頭貫(龍の木鼻付)で固める。柱頭部には大斗を置き,出三斗で軒を受け,中備には彫刻を填める。この本殿は近隣町村でよく見られる,曲面加工を施さない直線肘木が組物に使われている。本殿,拝殿共に建立年代は不詳であるが,直線肘木や彫刻など,様式から判断すると明治期のものと推察される。
| 名前 |
下宮神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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「つるぎ町:下宮神社」2025年6月にバイクツーリングで立ち寄りました。もともと忌部神社の末社で、大宮神社と呼ばれていましたが、いつしか「下宮神社」として親しまれるようになりました。現存する最古の棟札は1448年(文明年間)のものと伝わり、古くから地域の信仰を支えてきた歴史ある神社です。ちなみに1448年と言えば、前将軍・足利義勝が早世したため、その後継として足利義政が将軍候補として注目され始めた時期です。土一揆が頻発していた時期でもあります。地方豪族や寺社の勢力も増しており、例えばこの忌部氏ゆかりの地でも、社寺の整備や棟札の奉納が行われました。祭神は忌部一族(※)の祖とされる天太玉命(あめのふとたまのみこと)をはじめ、倉稲魂命・猿田彦命など、五柱の神々が祀られています。(※忌部一族とは、古代日本において祭祀を司った有力な氏族で、天皇家に仕え、神事・儀礼・布の生産などを担当していた一族です。)毎年1月の歳旦祭や春祭(3月)、4月の百手祭、夏祭(7月)、秋の大祭といった地域行事が行われ、地元の人々による氏子信仰が今も息づいています 。