清々しい朝立彦神社の景色。
朝立彦神社の特徴
展望台からの景色は、本当に素晴らしいと評判です。
南からのルートではなく、東側からのアクセスが必要です。
御参りすることで元気になれるとの口コミが多く寄せられています。
非常に清々しい気持ちになれる神社でした。是非御参拝ください。山頂?の方に登っていくと、井戸跡みたいなものがありました。
Google Mapで検索すると南からのルートが出ますが東側からでないと向かえません。看板があるのでそれに従い向かってください。静かでパワーを感じる神社でした。
展望台からの景色が、とても、綺麗です。ベンチがあるから座って軽食出来そうです。
場所が分からず一度目のトライは、家に帰らなければ、このまま怪我して終わりだと直感しました。展望台からの景色が見たいのでさいトライします。
御参りすれば朝立する程元気になれるかな?
徳島市方面からは55号バイパスより県道16号線へ入り、勝浦町、上勝町方面へと進みます。しばらく進むと、道路上右側に朝立彦神社と記された標識が出現します。標識の方向へ右折すると、坂を下り潜水橋が見えてきますので、そのまま橋を渡ります。大雨や洪水時には潜水橋は川の水位が増し通行止めとなる場合がありますので、予め注意が必要です。道なりに進むと交差点付近に朝立彦神社の道標がありますので、その通りに曲がり進んで行きます。尚、神社はおおよそ山頂付近に鎮座していますので、次第に舗装された山道を上がって行く事となります。道幅も狭くなり、対向車を交わせない箇所もありますので、慣れていないドライバー様や、乗用車のサイズが大きい場合は、より一層の注意が必要となります。万が一の場合でも、携帯電話の電波は、道路上、神社境内においても安定していましたので安心出来ます。山道が山頂付近に近付くと、路面がアスファルトから白いコンクリートの舗装に変化します。それに従い更に上がると車での走行は行き止まりとなります。2019年11月現在、更に上へ繋がる道路が建設途中であり、周辺のガードレールも新しい事から近年中には駐車場も兼ねた道路が完成しそうな状況でした。当日は行き止まり箇所付近に路肩の広い箇所がありましたので、そこへ駐車し、帰りのUターンもハンドルを複数回切り返した上で可能となりました。行き止まり箇所からは徒歩による移動となります。少し歩くと結界が現れ、水飲み場と記された標識が現れます。この箇所より左側へ更に道なりに進んで行きます。但し、山道の歩道は現時点では整地や舗装はされておらず、土がむき出しになっており、落ち葉等で足を滑らさないよう慎重にお進みください。しばらくすると、鳥居と境内へ続く石の階段が見えてきます。境内の神社や周囲の建物はどれも非常に古く歴史を感じさせられます。山頂付近ということもあり、日の光もよく届き、周辺の木々や苔とのバランスがより一層雰囲気を高めています。神社を正面に右手に進むとお亀池、左手に進むと、晴天時には雄大な景色が広がる展望台があります。神社境内の雰囲気とは裏腹に、当日参拝の際、大変危険な箇所を幾つか発見しましたので、事前に告知させて頂きます。当神社はお伝えの通り山頂付近に鎮座していますが、神社本殿の裏側にかけて断崖絶壁箇所が複数あります。その付近の岩場は注意を促しているせいか黄色いペイントを塗った跡が残っています。この箇所から万が一滑落した場合は、恐らく取り返しのつかない事となりますので不用意に近づかない事が極めて重要となります。又、神社右手にあるお亀池も岩肌が目的地となっていますので、慎重な行動が必要となります。大変素晴らしい神社境内であるだけに、道路建設の他、危険箇所においての安全対策もより一層強化し施される事を願わずにはいられません。
| 名前 |
朝立彦神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://www.jinja-net.jp/jinja-all/jsearch3all.php?jinjya=24200 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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朝立彦神社(あさだちひこじんじゃ)。徳島市飯谷町小竹。式内社(小)、旧村社。【祭神】豊玉毘古命 豊玉姫命【祭祀対象】石・池資料によると、創建年代は不詳。尾根の上にある境内の入り口正面に社殿があるが、右手から社殿の裏へ出ると、石灰岩の崖に出る。いわゆる、大盤石。その岩に、小さな水溜りがあり、「お亀の池」と呼ばれる。水が年中涸れることがなく、祈雨の祭祀が行われていた。「小竹のお甕」とも、「応潮泉御甕」とも。御祭神について、『徴古雑抄』では、大国主命六世孫の阿田賀多須命としている。また、「お亀」は、靇(オカミ)であり、龍神とする説もある。伴信友の『神名帳考證』では、和多津見豊玉彦命で、これは、水の涸れない「お亀の池」が、満潮時には水が外に溢れるという伝承から、海神の宿る岩と考えられたもの。この森に人が立ち入ると、黒雲が起こり、雷が鳴り、山河を轟かす風雨になるという。夕立は、夕方のにわか雨で、朝立は、早朝の雨。これが社名の起こりとも。『阿波志』あるいは『阿府志』には、「和多津見豊玉彦命を祭る。飯谷村に在り、俗に 権現と云う」という。『寛保改神社帳』には「飯谷村護王大権現 別当飯谷村醍醐寺」とある。もとは護王権現と称したが、明治4年(1871年)に現社号に改称した。社前に、江戸時代中期の安永6年(1777年)銘のある石製燈明台がある。とあります。